ワンメーターでは着かなかったが、ユリコが住むのは目黒駅からタクシーでしばらく行ったところの住宅街にあるこじんまりとしたマンションだった。
オートロックのドアを抜けてエレベーターに乗り、ユリコが鍵を開けて部屋に入る。
「おじゃまします」
当時は付き合っている女性はいなかったので、女性の部屋に入るのは久しぶりだった。しかも、さっき初めて会ったばかりの女性だ。私のような見ず知らずの男性を部屋に上げるなんて、ユリコもずいぶん大胆だと思ったが、チハルが言っていたように外国暮らしが長く男性との付き合いは日本人以上にフランクなのかもしれない。
「どうぞ、ゆっくりして」
ユリコの部屋は一人暮らし向けの1DKで、窓側にソファとテレビが置かれ、化粧台も兼ねた洒落た机とドアの近くにコートなどをかけるハンガーが家具として置かれている他は、どちらかといえば男が住むような殺風景な感じだった。女性が好きそうな可愛らしい小物などもあまりなく、ユリコのふんわりとした雰囲気からすると、なんだか意外な感じだった。
私が部屋を見ているのに気が付いたのか、ユリコがコートを脱いでハンガーにかけながら言った。
「なんだか殺風景な部屋でしょ」
「えっ、そんなことないよ。シンプルでいいと思うよ」
「たけしさんって嘘つきね。いいのよ、可愛いげがないのはわかってるから」
「そんなことないよ。ユリコさん、可愛らしいと思うよ」
「ありがとう。何か飲む?」
「いいよ。もうお腹いっぱい。気にしないで」
「上着を脱いで、座っていて」
そういうと隣の部屋に入っていってしまった。たぶん寝室なのだろう。
私はコートと上着を脱いでネクタイを外し、空いているハンガーにかけさせてもらった。
しばらくするとユリコが部屋着に着替え、化粧を落として出てきた。長袖のダボっとした長いワンピースで生脚だ。私はちょっとドギマギした。
「はい、これ。こんなのしかないけど」
そう言って渡してきたのは、男モノのルームウェアだった。
「これって」
「彼氏が泊まりにきた時に来てる服だけど、ちゃんと洗濯してあるからきれいだよ」
そういえばユリコには外資系コンサルティング会社に勤める外国人の彼氏がいるのだった。
「いいよ、このままで。なんか、悪いし」
「イヤじゃなかったら着てみて。ちょっと大きいかもしれないけど」
何度か断ったが、あまり断るのもおかしいので、借りることにした。
「シャワーでよかったら、使って」
そう言うと、ユリコはバスタオルと新品の歯ブラシを渡してくれた。
「こんなにしてくれなくて大丈夫だよ」
「いいの。たけしさん、命の恩人だし」
大げさだなぁと、私は笑った。
どうせ断ってもきかないので、洗面所と浴室を借りて、手早くシャワーを浴びて歯を磨き、借りた服を着た。ユリコが言う通りお腹まわりがブカブカで、押さえていないとずり落ちてしまう。よほど大柄な彼氏なのだろう。
「どうもありがとう。サッパリしたよ」
そう言って部屋に戻ると、ユリコはソファの上で丸くなって寝息を立てていた。そのまま寝ていたら、秋も深まるなか風邪をひきかねない。
「ねえ、ユリコさん、寝室に行って寝たら?」
「うーん」
唸るばかりのユリコを立たせて、悪いとは思いながら寝室のドアを開けてユリコを連れてゆき、ベッドに寝かせると布団をかけた。
私はリビングのソファで寝かせてもらおうと立ち上がろうとした。すると、ユリコが私の腕をつかんだ。
「待って、一緒にいて」
ベッドの横にしゃがみ込み、ユリコの顔を見る。化粧を落としたスッピンの可愛らしい顔だった。
「酔って疲れちゃったんだね」
ユリコはとろんとした表情で私を見た。
「お布団に入ったら?」
「えっ、ダメでしょ、それは」
「なんで? あたしがいいって言ってるんだから」
「いや、だって…」
私はドギマギしてしまった。ユリコを送ってきたときは、こういう展開になるとは思ってもみなかった。
「ほら、入って」
布団をめくって私を誘う。
「いや、でもぉ」
「早くぅ、寒いから」
甘えるような声でユリコは言った。
仕方なしに私はベッドに潜り込んだが、シングルベッドなので、どうしてもユリコと身体が触れ合ってしまう。私は端っこで入り口のドアの方を向いて横になった。
「今日はありがとうね。送ってくれて嬉しかった」
背中越しにユリコが声をかけた。
「いいよ、そんなの。ユリコさん、酔いはもう大丈夫?」
ドアを向いたまま私は言った。
「うん、もうすっかりさめた」
「よかった。ユリコさん、ずいぶん飲んでたからね」
「ユリコでいいよ」
「うん、じゃあユリコ」
「ねえ、たけしはなんでそっちを向いてるの?」
「だってさあ…」
「怒ってる? こんなに酔っぱらっちゃって。女なのに、みっともないって思ってる?」
「まさか、そんなことないよ」
「じゃあ、あたしのこと嫌い?」
「嫌いなわけないじゃない」
「じゃあ、好き?」
「えっ? あぁ、うん」
「じゃあ、こっち向いて」
本当のことを言うと、私の下半身はすっかり興奮してイチモツがいきりたってしまい、それをユリコに気取られたくなくて反対側を向いていたのだ。
だが、もう仕方ない。ぐるっと身体を回すと、目の前にユリコの顔があった。スッピンのユリコもとてもきれいだと私は思った。