「ユリコさんのお友達はみなさん看護師なの?」
「看護大学で一緒だったの。職場はみんな違うけど、卒業してからもたまに集まったりしてる」
「仲が良いんだね。みなさん、おきれいな方ばかりでびっくりしちゃった。新婦もきれいな方で羨ましいなぁ。でもユリコさんが一番ステキですね」
「まあ、そんなこと言って。みんなにそうやって言ってるんでしょ」
「まさかぁ。言ったのは今日初めてですよ」
「たけしさんったらぁ」
お酒が入っているからか、ユリコは陽気に私の肩を叩いたり、絡み合ってきた。楽しい時間を過ごしながら他愛もない話をしていると、ユリコの隣に別の女性がマイクを持って座ってきた。
「もう、ユリコったらあ。なにそんな端っこで内緒話しているの?」
「チハルったらぁ、もう邪魔しないで。たけしさんに新郎の仕事っぷりとかを聞いていたの」
そんな話をした記憶はないのだが、ユリコはチハルという友人の女性と笑いながら話していた。そのうち、チハルがユリコの肩越しに私に話しかけてきた。
「たけしさんでしたっけ? ユリコのこと口説いてるんですか?」
「もう、チハルったらあ、なに言ってるの、失礼よ」
「この子、外国が長いからフランクでスキンシップが多いけど、猫をかぶってるからだまされちゃダメですよ」
「もう、チハル、やめてよぉ〜」
「ガイコンの彼氏がいて、ラブラブなんだから」
「ガイコンって?」
「ああ、外資系コンサルティング会社。しかもイケメンのアメリカ人なの。ブラット・ピットみたいな感じ。ねぇ、ユリコぉ」
「もおう、チハルぅ、それって個人情報よ」
「ほら、ユリコ、こっちに来なさいよ。みんなで歌うよ」
チハルは嫌がるユリコの手をとってスクリーンの前に引っ張り出し、他の女性たちと一緒にモーニング娘。の『LOVEマシーン』をノリノリの振り付けで歌って、男性陣から喝采を浴びていた。
その様子を見ながら私は、なあんだ彼氏がいるのかとちょっとがっかりした。しかも外資系のコンサルティング会社勤めのイケメンのアメリカ人となれば、しがない日本企業で働く私では相手にならない。
女性陣が何曲か楽しそうに歌っているうちに、しばらくすると新郎新婦が顔を出し、会はますます盛り上がった。男性が何人かマイクを手に取って一緒に踊り出し、女性陣もステージの上でお酒を飲みながら騒ぎ、部屋の中はお祭り状態になっていた。ユリコは一回りくらい年上の男性たちに囲まれてグラスを渡され、どんどん飲まされていた。どうも年上の男性からのウケがとてもいいようだった。
私はそのノリにはついていけず、しかもユリコにはイケメンの彼氏がいると分かったので、そろそろ潮時かと思い時計を見た。二次会は18時からだったが、21時過ぎに始まった三次会はもう23時を過ぎていた。土曜の夜で明日は休みとはいえ、それなりに酔いも回っていたし、私の知り合いは皆帰ってしまっていた。残っているのは私よりもずっと年上の新郎の知人ばかりだったので、いつまでも残っていても仕方ないと思ったのだ。それに当時私は都心から1時間はかかる鎌倉に住んでいて、終電が心配になってきたこともあった。
「あ〜あ、楽しかったぁ」
フラフラよろめきながら、ユリコが戻ってきた。高いヒールを履いているので足元がおぼつかなくなる。目の前の小さなテーブルに引っかかって、私に倒れこんできた。
「ごめんなさ〜い、たけしさん」
私がユリコを抱きとめると、胸のふくらみが当たり、香水のいい匂いが香ってきた。
「大丈夫、ユリコさん? ちょっと飲みすぎたんじゃない?」
「大丈夫、だいじょう〜ぶ」
「お水をもらう?」
「だいじょ〜ぶだったらぁ」
私の隣に座ると、氷が溶けて水のようになったカクテルを飲み干した。
「そろそろ遅くなってきたから、帰ろうと思うんだけど」
「えー、そうなのぉ。楽しかったのに、残念だねぇ。じゃあ、あたしも帰ろうかなぁ」
ユリコはとろんとした表情で立ち上がると、みんなに向かって大きな声で言った。
「じゃ、あたし、帰るから」
「ちょっと、ちょっと、ユリコさん」
コートもバッグもソファに残したままで、ユリコがフラフラと歩いて部屋の入り口に向かおうとするので、私は慌ててユリコの荷物を取って後を追った。
「ユリコぉ、大丈夫なのぉ?」
部屋の向こうでチハルが声を掛ける。
「平気、へいきぃ、心配ないさぁ」
ユリコが笑って応える。
「じゃあ、みなさん、お先に。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
私は部屋の中の残った人たちに声を掛け、ユリコを追う。一緒に三次会に参加していたのは、ほとんど面識のない人ばかりだったので、みな私に向かって軽く手を挙げるだけだった。
荷物を持って、カラオケルームをフラフラと出て行くユリコを追いかけた。無人のエレベーターに乗ったユリコに追いついて1階のボタンを押すと、ユリコは私にしなだれかかってきた。