筆者は先日、四半世紀前に吉原の高級ソープランドでトップだったという女性、真希さん(仮名)に会った。現在55歳の彼女は、化粧をしっかりとした顔は年齢相応で、品のいいマダムといった感じだった。
現役時の真希さんは、風俗雑誌の表紙を何回も飾るほどの人気者で、業界では知らないものがいないほどの存在だったそうだ。その人気ぶりは、本人いわく「最後の3年は、出勤するとシフトが全部予約で埋まっていました」と豪語するほどだ。
彼女が引退したのは1990年代初めの大みそかで、その発表は風俗専門誌と夕刊紙でだった。「今みたいにネットがあれば、拡散して楽だったのにね(笑)」と、真希さんは静かに笑った。
真希さんが引退する日、「常連さんには義理があったし、最後の時間を楽しみたかったので」と、店長に頼んで可能な限りシフトを組んでもらったという。
最初の接客は、5時40分にスタート。真希さんは「冬だから周囲は真っ暗」な朝5時にお店に入った。ちなみに、その時間にスタートできたのは、まだ規制が緩く、日の出営業という曖昧なことができたからだそうだ。
プレイ時間は、多くの常連さんを相手にしたいという真希さんの希望から、全員90分コースに。ということで、10分の休憩を挟み、2回目の接客が始まったのは7時20分。その後、9時ちょうど、10時40分、12時20分、14時といった感じで時間は過ぎていった。
7人目となる15時40分スタートの接客から、真希さんの身体に異変が起こる。
「不感症というか、どこを触られても感じないというか、常にジンジンするようになって…。正座して足がしびれるあの感覚が、膣の中に居座るようになったの」
ここであわや終了、となりかけた。つまり、この後のお客さんは、諦めざるを得ない状況となる可能性があったのだ。
実はこの日、お客さん同士の間で駆け引きがあった。“本当の最期の相手になりたい”が、真希さんの体力が続く保証もないので、早めのシフトの予約の方が確実ではないか、といったものである。