明治42年(1909)9月9日の『東京朝日新聞』に「生きた蓄音器」なる記事が載っている。そのサブタイトルは、「屋根の上に真裸の女」である。実に興味深いので目を通してみると、なんとも迷惑なご婦人のエピソードである。
東京の蛎殻町(かきがらちょう)にある待合の女将をしている“うめ”という37歳の女性がいた。このおうめさん、若いころは色恋事にたいそうお盛んで、彼女に夢中になるあまりに資産を食い潰す男や、命を落とす羽目になった男性が何人もいたという。
ところがその後、おうめさんは次第に精神を病むようになってしまった。記事には彼女に翻弄された男たちの「恨み祟りの報い」などと書いているが、その詳細は不明である。
さて、彼女は病んだ心で何をするのかというと、まず他人の噂話である。それも、「どこそこのご主人は泥棒でひと財産を作った」とか「あそこの奥さんは他人のダンナを略奪した」などといった類のものを、聞いたまま真偽も確かめずに手当たり次第に吹聴するわけである。
もちろん、彼女が精神を病んでいるのは近所では有名であり、ただ聞きかじりのうわさを繰り返しているだけなのも誰もがわかっていることなのだが、それでも話題の当事者にされてしまった人たちは、さぞ困ったことだろう。