新聞記事には、具体的な事例が紹介されている。大正12年11月中旬、長野県松本市から知人を頼って上京してきた19歳の女性が交番を訪ねてきた際、安藤はさも親切な警官を装って言葉巧みに上野駅近くの旅館に女性を連れ出し、斡旋業者を通じて仙台市内の料理店に300円で売り飛ばした。また、大正13年になってからも、春に金沢市出身の19歳の女性を同じような手口で郡山市に芸者として売り飛ばしていた。
おそらく、安藤は同様の手口で何度も犯行を繰り返していたのではなかろうかと推測される。
この安藤の犯行も実に酷いものであるが、さらにあきれるのはかつて安藤が在籍していた警視庁の対応である。記事には七軒町署の現署長、堀部氏の以下のようなコメントが掲載されている。
「突然福島県警察部から逮捕の手続に接したのは事実だが、前長谷川署長時代に免職したもので現在は何等署と関係はない」
つまり、犯人の安藤はすでに警察を辞めた人間であり、しかも在籍当時は署長は前任の長谷川なので、うちとはまったく関係ないという態度である。
警察官を信用して交番を訪ね、その結果、人身売買という卑劣な行為で自由と人権を侵害されたにもかかわらず、責任者となりうるはずの署長その人が「関係ないね」と言い放つ。
非常に重大な事件ではないかと筆者は感じるのだが、記事の扱いは大きいものではなく、続報も見当たらない。はたして、この安藤という元警官がどのように処罰されたか、警察署が何らかの責任を取ったのか、とらなかったのか、新聞はその詳細を報じていないようだ。
(文=橋本玉泉)