昭和5年(1930)8月21日午前3時50分頃のこと、神戸の福原遊郭にある一軒の貸座で、2階の一室から爆音がとどろき、床が崩れ落ちた。何かが爆発したものと思われた。
突然の出来事に、店の従業員や近隣の住民などが現場に集まったところ、直視できないほどのすさまじい状況となっていた。
そこには、男女のものと思われる遺体が、無残な姿で散らばっていた。「二人とも四肢がバラバラに散り男の片足は階段に転び落ち、女の片足は隣座敷へ飛び血痕は物凄く天井を染め更に床板を打ち抜く」という状況。かなりの爆発だったにもかかわらず、ほかには死傷者は出なかった。
警察の調べで、ダイナマイトを使った無理心中の可能性が高いことがわかった。死亡したのは、客として宿泊中の28歳の男性客と、この店で働く24歳の娼妓だった。
男性客は以前にも3回ほど登楼したことがあり、この時は前日の夜8時頃にやってきて、死亡した娼妓の部屋に泊まっていた。そして深夜に、持参したダイナマイトに点火して爆発されたものと見られている。
遺書などは見つかっていないが、男性は金に困っており、それを悲観した上での自殺ではないかといわれた。