さて、長年にわたって支え続けた男に裏切られた彼女は、逃げた男を呪うとともに、転落の道を選ぶようになったようだ。
どういう経緯をたどったのかは不明だが、いつしか彼女は凄腕の女詐欺師になっていた。
昭和8年8月、浅草で知り合った60歳の商店主を上野の旅館に連れ込んで肉体関係をもった。そして、残高6000円と記載された偽造通帳を見せて信用させ、自分は大阪で金融業をしているなどと言って、この男性から十数回にわたって総額約1200円を騙し取っていた。
この手口で、わかっているだけでも数名の男性からやはり総額で3000円を巻き上げていたらしい。
そのほか、大阪や京都でも、資産家の未亡人などを装って、数百円から千円単位で詐欺を繰り返していたことが判明した。
この頃、神奈川県川崎市あたりの一戸建て住宅(2階建・5部屋・庭その他つき)が3600円ほどだったというから、相当な金額を騙し取っていたことになる。
男にだまされたり、裏切られたりした悲惨な女性については、泣き寝入りしてしまうことが多かったと思われるし、そうした新聞記事も少なくない。だが、この女詐欺師のように悪の道へと突き進むケースもまたよく見かけるわけである。レアケースと呼ぶには、その数はあまりに多い。
(文=橋本玉泉)