こうした事件は、ホンの一部に過ぎない。当時の新聞や資料を見ると、女工たちが受けた虐待や人権侵害は数多い。
虐待だけでなく、彼女たちの労働環境も劣悪そのものであった。平均の労働時間は11時間から14時間、残業などで18時間にも及ぶケースもあったという。そんな長時間労働でありながら、男性に比べて半分程度の給料しか与えられなかったと伝えられる。
さらに、自由に外出することも許されず、敷地内での移動や所持品、貯金などについてもことごとく制限が設けられていた。
このあたりの状況については、有名な細井和喜蔵『女工哀史』のほか、佐倉啄二『製糸女工虐待史』、紀田順一郎『東京の下層社会』その他に詳しい。
事件に続発に世論も高まり、警察も取り締まりを進めたが、事態はそう簡単には改善しなかったようである。
こうした状況を、「昔は酷かった」といえるだろうか。現在もまた、ブラック企業と呼ばれる劣悪な環境が働く人々の権利と利益と人権を侵害し続けている。「昔は酷かった、そして、今も酷い」というのが、残念な日本の現状なのではあるまいか。
(文=橋本玉泉)