空港内にとどまり12時間寝て過ごすことも考えたが、せっかくの初カナダなので、バスなどを乗り継いでバンクーバーへ移動し、暖かい場所で情報収集することにした。そして、『InternetCafe』と書かれた看板の店に入った。その店には、カウンター席にパソコンが設置されていて、飲み物を買えば自由に使えるというシステムであった。
運良く日本語入力ができる機種があったので、私はそこを占領して、バンクーバーの名所などをチェックした。しばらくすると、、隣に座った女性から「日本からですか?」と英語で話しかけられた。
声の主は、ブロンドの長い髪にスレンダーなボディの、なかなかの美人だった。ただ、あまりにもパッチリした目は不自然でもあった。年齢は30歳前後だろうか。
「もしかして、飛行機のメンテナンス? しばらくフライトできないんでしょ? だったら、私と遊ばない?」
サラと名乗った女性は、おもむろにそう言いだした。私はあ然としていたが、それでも構わずに話し続ける。
「知ってる? カナダって売春は違法じゃないの。安心して」
つまり、そういう話を持ち掛けているのだ。なんでも彼女は、私のようなフライトで時間を持て余した者をターゲットにしたストリートガールなのだという。当時のバンクーバーにはこういった女性が多く、それぞれのターゲットに狙いを定めては声をかけていた。
これも売春が合法であるからこそ成り立つ光景なのだろう。サラの「急なことでお金もないでしょうから、150ドルでいいわ」という誘惑に耐えきれなかった私は、「Yes!」と答えていた。
交渉が成立すると彼女はニッコリと笑った。そして、「私の部屋へ行きましょう。少し離れた場所に車を停めているの」と、カフェを出て歩き始めた。
「カナダで売春は合法!」という言葉が免罪符になり、堂々と歩けてしまうから不思議なものだ。サラもまた、恋人のように腕を組んで歩いてくれた。おそらく整形なのだろうが、笑顔は可愛らしい。
しかし、サラの表情が一瞬こわばった。それは、前方から二人のポリスが近付いてきた時であった。声をかけられた彼女は必死に「ジャパニーズボーイフレンド」と連発している。会話の時間が長くなるほど言葉は分からなくなったが、彼女の焦りだけは伝わってきた。結局、サラが語気を荒げて何かを言った後、ポリスたちが「やれやれ…」という表情を浮かべてその場を去り、場は収まった。