大正15年(1926)6月のこと、埼玉県秩父郡原谷村(現・秩父市)で、「死人を抱いて寝ている者がいる」という気味の悪い噂が流れるようになった。噂とはいえ、もし本当であればただ薄気味悪いというだけでは済まされない。事件や犯罪の可能性もある。そこで、秩父署は村役場の応援を受けて調査を開始した。
すると、共同墓地のなかに、昨年8月に埋葬された女性(36)の墓があばかれているのが発見された。警察がさらに調べてみると、女性の夫である金三郎(45)が去る7日に遺体を掘り起こして持ち帰り、20日間も自宅の奥座敷に隠していたことを突き止めた。
そして警察が彼の自宅に急行したものの、金三郎はわめき散らすなどして激しく抵抗した。実はこの金三郎、20年ほど前から精神をわずらっており、警官といえど迂闊に手が出せない状態だったようだ。
そこで警察は、なるべく過度に刺激しないように金三郎をなだめ、説得して、どうにか妻の遺体をもとの墓地に埋葬させたという。遺体を自宅に隠していたのは、妻を慕うあまりとのことだった。
遺体を自宅などに隠していたという事件は少なくない。だが、死んだ妻を忘れられないという心情からの行為は珍しいものである。