ところが、それで山下はあきらめなかった。「執念深くお花に付き纏い毎夜の如く同家の付近を徘徊し」たというから、まさにストーカーそのものである。ストーカーという語が一般的になったのはごく最近であるが、行為そのものは100年以上前からあったわけだ。
そして山下は、ストーカーだけでは飽き足らずついに実力行使に出た。ある日の夜、お花が一人で配達に出かけたのを見た山下は、こっそりと後をつけた。そして、人気のない路地に差し掛かると、いきなり背後から襲いかかったのである。これも、ただお花を驚かそうなどというものではなく、欲望のままにけしからん行為に及ぼうとした可能性は十分に考えられよう。
この話を聞いたお花の父親は、当然ながら激怒。すぐさま山下の家に出かけると、厳しく抗議した。
ところが山下、この父親の抗議に謝罪のひとつもなし。それどころか、室内につるしてあったランプを父親に投げつけた。そのため、父親は頭部にケガをした上に、ランプが割れて流れ出た灯油に引火し、左肩を大火傷するという重傷を負ってしまった。
この騒ぎに警察が駆けつけ、山下は逮捕。小石川署で取り調べを受けた上で検察に身柄を送られた。それでもふてぶてしく「たとえ懲役に行くこととなっても、お花と添い遂げなれば気がすまない」などとうそぶいていたというから、どこまでも心根のよろしからぬ人物と思われる。
実はこの山下、『東京朝日新聞』の記事によれば、これまでに18回も離婚を繰り返していたという。離婚の経緯や原因など子細は不明だが、離婚歴18回はさすがに尋常ではなかろうし、新聞記事になるほどのネタだったわけだろう。まして、手切れ金で女郎遊び三昧の末にストーカーでレイプ未遂と傷害事件とは情けなかろう。記事にも「無類の好色漢」などと記されていて、記者もあきれた様子のようである。
(文=橋本玉泉)