そして、一審では光子と和夫ともに反省の弁を述べたが、両名とも懲役4ヶ月の判決。これに対し和夫は控訴するとともに、「誠意を見せるので」として懇願したところ、2人とも期限つきで釈放が認められた。そしてその間に、和夫は親戚中を回って、「血の出る」ような思いで1000円をかき集めた。現在の価値でいうなら、数百万円から1000万円ほどの大金である。そして、これを一郎に差し出すと、これでどうか訴えを取り下げてもらいたいと申し出た。
しかし、一郎はこれを拒絶した。
「どんなにお金を積まれても、この怒りは収まらない。それに、告訴は取り下げないと検事さんにも誓約してある」
一郎はそう言って、この1000円という大金を受け取らなかった。そして、控訴審では一審判決が支持され、光子と和夫は再び刑務所に戻されてしまった。
筆者が感ずるに、なんとも難しい事件である。繰り返すが、和夫はたかが50銭で光子にセックスを強要したわけでもないだろうし、光子も和夫ととくに情を通じていたかどうかもわからない。そして、一郎については、よほど自分の妻の不倫が許せなかったのだろう。自分の貧しさを考えれば、1000円は魅力があったにちがいない。それでも和夫の申し出を拒否した彼を、真面目で実直と見るか、偏屈な頑固者と考えるか、ただちに判断はつきかねるところではある。ただ、家計のやりくりが大変だったであろうことを考えると、筆者としては光子にいくらかの同情の余地ありではと考える次第である。
(文=橋本玉泉)