【日本の奇習】女性から男のもとに夜這いに行く地域も

※イメージ画像 photo by kozyndan from flickr

 日本において昭和20年代頃まで続けられていた性慣習として、「夜這い」はよく知られている。明治時代の植物学者で民俗学者の南方熊楠は全国各地で夜這いの風習がみられると発言しているし、近年では民俗学者・赤松啓介が『夜這いの民俗学』『夜這いの性愛論』『村落共同体の性的規範』などの研究書によってその詳細を報告している。ほかにも、瀬川清子は『若者と娘をめぐる民俗』などの優れた資料を残しており、森粟茂一『夜這いと近代売春』といった優れた論考も発行されている。

 その夜這いであるが、地域で定められた厳格なルールに基づいて行われる。しばしば、地域に住む女性たちの人権と自由を無視して挙行される共同体公認のレイプ行為などと思っている者もいるが、数々の調査資料を調べてみても夜這いについて正しい認識とはいえない。夜這いについても詳しかったルポライターの故・朝倉喬司氏も夜這いについて「無秩序なものではなく、年長者の指示によって規律をもって行われる」と指摘している。

 ではその具体的なルールだが、これは地域や共同体によって少しずつ異なる。誤解されていることのひとつに、夜這いイコールセックス行為とは限らないということだ。たしかに、性的なトレーニングという意味であらかじめ決められた年長の女性または既婚女性のもとに未婚男性が通うという作法もみられる。だが、他方では地域の若い独身男性が女性の自宅や、あるいは「若者宿」などと呼ばれる宿泊施設で女性にアプローチする。その場合も、無理にセックスするということはなかったようだ。最初はただの添い寝や世間話などで、お互いに馴染みになってから、はじめて性交渉に至ったという証言が少なくない。

 また、複数の資料によれば、「夜這いを怖がる女性も多かった」というが、いきなりレイプされるからといった暴力行為よりも、見知らぬ男性が夜半に訪れて来るということへの恐怖心や不安感ではなかったかという意見が多い。ほとんどの地域では夜這いについて男性に対する罰則を定めている。もし、女性の意に反する行為や暴力行為などがあった場合には、その加害者には決められた制裁が加えられたと考えられる。

 夜這いは男性のほうが女性に対してアプローチするというケースが大半であるが、反対に女性が男性のもとに赴く慣習があったとされる地域についても報告されている。たとえば、栃木県足利地方、愛知県知多半島、鹿児島県南部などの村落の一部では、女性のほうが男性のいる場所を訪れたという。その際も、最初は雑談や添い寝程度のものからはじめられたと考えられよう。

 こうした夜這いの風習も、明治末期頃から大正期にかけて次々に減少していったと数々の資料は語っている。とくに都市部ではその傾向が顕著であった。ところが、そうした古い慣習に代わる性的育成システムを、新しい指導者たちはまったく用意しなかった。その結果、都市部では性に関する知識の欠如という事態を招き、性教育に対する立ち遅れという状況を生み出す。近代化をめざして進められたはずの夜這いその他の古い慣習の否定は、性の近代化にはつながらなかったのである。
(文=橋本玉泉)

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