女優を売春婦呼ばわりしたNHKが映画団体や俳優協会と戦争状態となった事件

※イメージ画像:『ラジオ深夜便 女優
が語る私の人生』
NHKサービスセンター

 NHK(日本放送協会)で放送された番組内において、「映画女優は売春婦と同様」といったニュアンスの扱いをしたことで、騒動になったことがある。

 ことの発端は、昭和30年(1955)6月19日、NHK第一放送(ラジオ)の番組『時の動き』で「売春等処罰法案のかげに」と題する音声が流された。その内容は、国会に提出された売春等処罰法案(後に売春防止法として成立)をめぐり、国会議員や赤線業者、歓楽街で働く女性たちや所轄の警官、法律関係者などへの取材で構成された内容だが、そのなかに映画女優へのインタビューがあった。それは、「とかく噂のある映画界について…」という、思わせぶりなアナウンサーの導入に続いて、「女優が役を取るためにはパトロンから援助を受けたり、身を売ったりするようなこともしなければならず、そうやってスターになった人もいる」というようなことを、映画界の裏話的なニュアンスで語ったものである。現代風にいえば、芸能界の枕営業のような暴露ネタだ。

 これに対して、日本映画連合会(現・日本映画製作者連盟)や日本俳優協会が猛反発。「女優を売春婦あつかいし、俳優と映画界を侮辱した」として、23日に正式な抗議書を提出し、NHKに謝罪を求めた。

 ところが、これに対してNHKは「善意でやったつもりだ」「映画関係者を侮辱する意図はまったくない」などと謝罪を拒否したから大変なことになった。映画界側の怒りが爆発し、「NHKの態度には誠意が見られない」として、抗議を続行するために「謝罪要求実行委員会」まで設立された。そして、俳優や女優にNHKの番組に出演しない、映画会社はNHKに映画を供給しない、舞台中継は中止するなど。NHKとの取引を一切停止するということが決定した。

 こうした状況に対し、識者たちからは「NHKは思い上がっている」「番組で女優のことを取り上げるのが的外れで軽率」などと、NHKに対する批判が集まった。その一方で、「映画界だって大きいことがいえた筋ではなかろう」「映画界のほうにも責任はある」などとする意見も上がった。なかには「7000円程度の安い給料しかもらっていないニューフェイスの脇を、1本の出演料何百万という同じ年のスターが自家用車で通っていく」といった、映画界の格差を指摘する声もみられた。

 NHK対映画界の全面対決という事態に発展するかと思われたが、その翌日の7月1日の夕方、NHK側から「円満に解決したい」との文書が映画関係者側に届けられた。これを受けて映画側も態度を軟化、謝罪要求実行委員会が決めたNHKとの取引停止も白紙撤回し、話し合いを受け入れた。そして、3日午後に両者交えての会談が東京会館で行われた。結果、「争いの長引くことは好ましくない」として、双方が合意。共同声明が発表されて、事態は「円満に解決した」と報道された。

 当時の報道記事などを見ると、映画界側の強硬手段に、さすがのNHKも折れたという感じがしないでもない。

『朝日新聞』昭和30年6月23日
『朝日新聞』昭和30年6月30日

 NHKの官僚的、独善的な体質に一端が露呈したような事件であったが、これが映画業界のようなそれなりに力のある団体でなければ、無力な一個人であったならどのような経緯になっていたであろうか。また、事件から60年近くが経過したが、はたしてNHKの体質はどう変わった、というか改善されたであろうか。そのあたりについても、また機会があればとり上げてみたい。
(文=橋本玉泉)

men'sオススメ記事

men's人気記事ランキング

men's特選アーカイブ