確かに著作権保護は大切だが、クリックひとつで誰もが処罰の対象になる可能性があるというのは、やり過ぎ感が否めない。「違法と知りながら」という逮捕条件の定義も、非常にあいまいなものだ。また、ファイルをキャッシュとして一時保存しながら再生するYouTubeやニコニコ動画などの動画サイトは、再生するだけで違法ダウンロードと見なされる危険が指摘されている。条文にはYouTube等に関して特に記載がされておらず、どのようにでも解釈できる。文化庁は「対象外」との見解を発表しているが、省庁の言葉はアテにならず、実際は裁判所の判断次第といったところだ
では実際、施行後に我々が逮捕される可能性はあるのか。
それに関しては、現状ではあまり心配はないという声が強い。違法ダウンロードは著作権者の告訴がなければ事件化できない「親告罪」となっており、ユーザーを特定する必要もある。告訴があった上でプロバイダなどに開示請求したとしても、誰がどのファイルをダウンロードしたか調べるのは実質的に不可能に近い。余程の悪質なケースでない限りは、ネットをしているだけで逮捕につながることはないだろう。
このような運用が疑問視される法律にもかかわらず、なぜ音楽業界は刑事罰化を推進したのか。
「刑事罰化によって違法であることが周知されることで、摘発よりも抑止効果を期待しているようだ。ただ、業界の現場の人間は法改正されても音楽の売上が伸びるとは思っていない。市場の縮小が止まらない音楽業界のお偉いさん方が『音楽が売れない原因は違法ダウンロード』だと責任転嫁し、現実から目をそむけている部分もある」(レコード会社関係者)
一部識者からは、刑事罰化によってユーザーが委縮して音楽そのものに触れなくなり、業界の衰退を速めるのではないかとも危惧されている。
また、違法ダウンロード刑事罰化が「別件逮捕」に利用されるという意見もある。違法ダウンロードと全く関係ない事件でも、容疑者のパソコンを調べれば違法ファイルの一つや二つは必ず出てくるだろう。その容疑でも逮捕しておけば、警察は本題の事件の証拠が集まりきっていない段階で見切り逮捕して不起訴になったとしても格好がつく。先に違法ダウンロードで逮捕し身柄を拘束してから、本当の目的である事件の捜査を進めるという形もできるだろう。
もちろん、これも施行前の現段階では可能性の話でしかないのだが、それだけどのようにでも解釈でき、警察や司法の判断次第の法律であることが問題といえる。
我々の生活に影響があるだけでなく、こういった無理解からくる過剰な法規制はネットの発展を阻害する恐れもある。
日本では、09年まで国内に検索エンジンのサーバーを置くことができなかった。勝手にネット上のテキストや画像を収拾する行為が、著作権法上で違法とみなされていたためだ。そのためにヤフーやグーグルなど検索エンジンの大手は米国中心となり、改正後も国内事業者が全く育っていない。また、ソフトやデータを管理会社のサーバーに保存して呼び出して利用する「クラウドサービス」でも、JASRACが起こした訴訟で国内事業者に対し著作権侵害との判決が下ったことがある。
音楽離れを引き起こす可能性もある違法ダウンロード刑事罰化が、ネットや音楽業界の発展を阻害しないためにも、あいまいで問題のある条文を改善すべきだろう。
(文=佐藤勇馬/Yellow Tear Drops)