ここ近年の三池崇史監督の映画といえば、『ヤッターマン』(2009年)や『忍たま乱太郎』(11年)のような家族向けや、『十三人の刺客』(10年)あるいは『一命』(11年)といった重厚感のある作品が多く、氏の真骨頂である破天荒で過激、例えばデッドテックな新宿歌舞伎町を舞台に、ラストは地球規模の大破壊にまで発展する『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(99年)や、海外の映画人に高く評価されたホラー映画史上に輝く怪作『オーディション』(00年)など、クレイジーの極みともいえるモノはご無沙汰でした。
ところがついに来ましたね、そんなカルト三池イズム溢れる快作が。
今や『あしたのジョー』や『ひみつのアッコちゃん』など、コミックやアニメの実写映画の実写化が引きも切らぬ現状。本作『愛と誠』も原作は、純愛大河ロマンとして一世を風靡した名作コミック(原作・梶原一騎&作画・ながやす巧)です。不良たちが跋扈する世界を舞台に、復讐を果たすべく上京してきた最強の不良、太賀誠。そんな彼を一途に愛し続けるヒロインの早乙女愛、そして愛を影で見守り続ける岩清水弘というキャラクターたちの三角関係を描いた純愛劇は、過去に何度も映像化されました。
いくら仕事を選ばぬ監督とはいえ、そんな正統派な名作を……と思うでしょう。ところが三池監督と原作者の梶原一騎先生は、先生の実弟であるマンガ原作者・真樹日佐夫氏との親交を介し、縁浅からぬ関係。そういう意味ではヘタが打てず、むしろ慎重に取り組まざるをえない題材なワケです。
そのせいか、今回の映画も舞台は70年代の新宿と、原作にキチンと配慮してストーリーが進んでいきます。学生運動の傷跡が色濃く残る“新宿の目”の前で、いきなり不良軍団に囲まれ、危機敵状況を迎える誠(妻夫木聡)。ああ、これからきっと、昭和版『クローズZERO』(07年)的な不良バトルが始まるんだな、と思わせた瞬間、誠がとった行動は、
なんと西城秀樹の名曲「激しい恋」を熱唱し始めるのです!!
そう、三池監督は『愛と誠』を、昭和歌謡の名曲が炸裂するミュージカル映画にしちゃったのですね。
いきなり同曲で画面狭しと踊り出す誠や不良たち(振り付け:パパイヤ鈴木)。そして負けじと愛(武井咲)も、フォーククルセイダーズの名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」を熱唱して誠への愛を誓い、岩清水(斎藤工)もにしきのあきらの『空に太陽があるかぎり』で愛への忠誠を誓うなど、冒頭から怒涛のミュージカル攻勢で、開いた口が塞がりません。
さらには“そっち出身”な市村正親も愛の父親役で、本家の意地を見せつけて華麗なミュージカル演技を披露。また本作のキーキャラクターである高原由紀(大野いと)も、70年代アングラ風味漂う世界の中で「夢は夜ひらく」を熱唱するなど、小林武史プロデュースで現代風にアレンジされた昭和名曲の数々に乗り、隙あらば皆歌って踊るというインド映画や『ムーラン・ルージュ』もかくやのカオスが展開します。
そもそもミュージカルの是非を問う以前に「もう三十路も超えてる妻夫木や斎藤工が、高校生役とかムチャだよ」とお思いの方も多いと思いますが、そこは誠の前に立ちはだかる強敵、座王権太を井原剛志が演じることで合理的な説明が成されています。劇中の権太いわく「この老け顔は病気のせい」だそう。それじゃあみんな、しょうがないですね……じゃなくて、本当は男キャラを年齢高めの俳優に演じさせ、本能だけで行動しているという若者感が出るのを監督がセーブしたそうです。逆に女性キャラは実年齢が近い女優を配したのは、妙齢の女性がセーラー服を着ると生々しくなるからとのこと。
そんな狙いが功を奏し、やはり女性キャラは若さと美貌が光ります。特に早乙女愛役の武井咲がイイ感じです。あのキャラクターの特徴でもあるお姫様カットもよく似合いますが、そんな彼女もちろん歌い、そして踊り、その存在が相当に現実ズレしています。
もともと愛は原作で、誠に対して無償の愛を貫き通すキャラクターなんですが、そういう姿勢の表れとして取る彼女の行動の数々は、今の社会常識ではストーカー規制法に引っかかることばかりです。
「私の愛で、誠さんを立ち直らせる!!」という激しい思い込みのもと、隙あらば誠の側に忍び寄り、愛は常に彼のことを監視します。そして誠の生活費を捻出するため、お嬢様には相応しくない茶店のアルバイトでメイドコスを披露し(70年代なのに)、スケベおやじにケツ触られたりと、愛の障害にひとり酔っています。
それでも「私が誠さんを立ち直らせなきゃ……」の精神で、誠を追って不良の巣窟、花園実業へと転校して彼を更生させようと尽力するんですが、そのどれもが裏目に出ます。「暴力では何も解決しない!!」と、不良と戦う誠を身を呈してかばうも、それが逆に誠の動きをことごとく止め、おかげで誠は不良ども殴られ放題のあげく病院送り。それでも愛は誠のために良いことをしたと満足気です。『オーディション』で石橋凌をズタズタに切り刻んだ椎名英姫(現:しいなえいひ)と紙一重です。
愛がこの調子なら、岩清水も相当です。あの漫画史上に残る「僕は君のためなら死ねる!!」の名セリフも、ほとんどギャグの決めオチ状態。常識はずれのワルキャラである誠が、彼らの前では常識人に見えてしまいます。
しかし、それは別に三池監督が原作を破壊したワケではなく、梶原マンガのキャラクターを忠実に再現しようとしての結果なのです。ウソだと思うなら、原作をご覧になられてみるといいかもしれません。登場人物の過度な思い込みとムダな行動力が、物語を牽引していることに気づくでしょう。それが梶原原作の魅力なのです。
ただ、下手にいじれば単なるアナクロニズムの塊と化す原作の不器用な愛情表現を、小林武史や脚本の宅間孝行(『花より男子』シリーズ)とのコラボレーションによってしっかりとイマドキのエンターテインメントに仕上げたのも、これまで数多くの原作物を手がけた三池ならではの、熟練された職人芸を感じずに入られません。
それでいて、驚きの破天荒さで我々の予想をいい意味で裏切っていく様は、『DEAD OR ALIVE』や『殺し屋1』(01年)、『極道恐怖大劇場 牛頭』(03年)といった、誰もが予想し得ない、新鮮な驚きを与えてくれる三池カルト作品の本分を見事に体現したといっていいでしょう。確かにかつての作品のようなエログロな刺激は鳴りを潜めましたが、邦画のメジャー大作を任せられる立場になった今なお、このような挑戦的な作風を貫ける三池監督のスタイルを堪能できる作品が、この『愛と誠』なんじゃないでしょうか。
そういえば本作の舞台の大半が、(花園実業があるという設定の)新宿歌舞伎町近辺なんですが、歌舞伎町といえば上記でも紹介した数々の作品に加え、『新宿黒社会』(95年)や『極道戦国史 不動』(96年)、『漂流街 THE HAZARD CITY』(00年)といった、まさに三池作品の聖地とも言える場所。そういう意味でも本作は、“三池崇史の子”として生まれてくる宿命にあったんでしょう。生首サッカー(『不動』)も合成映像感バリバリな筋肉隆々の塚本晋也(『1』)も、チワワ振り回して叩き殺す哀川翔(『牛頭』)も出ませんが、とりあえずそこは萌えメイド姿の武井咲ちゃんと、スケ番ガム子を演じた安藤サクラの逆さパンティー姿が代替えしてくれます。
(文=テリー・天野)
◆『愛と誠』 公式サイト
監督:三池崇史
出演:妻夫木聡、武井咲、斎藤工、大野いと、安藤サクラ、伊原剛志、前田健、一青窈、市村正親
製作年:2012年
劇場:新宿バルト9他にて全国ロードショー
公開日:6月16日(土)
配給:角川映画・東映
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