たまに安っぽいマンガやテレビドラマなどで、借金の取り立てに来たチンピラなどが債務者の女性に対して「カネがないなら身体で払ってもらおうか!」などと恫喝するようなシーンを見かけることがある。これは、風俗店などで働いて現金を用意するという意味のほかに、借金返済に代えて身体を自由にさせろというニュアンスもある。つまり、「借金が返せないなら、セックスさせろ」ということである。あるいは、カネを貸す場合に「返済できない場合は、身体で支払います」と約束させるようなケースもあるようだ。
結論からいうと、そうした要求や約束は無効である。民法第362条では質権つまり債権その他について、「質権は、財産権をその目的とすることができる」と定められている。これはどういうことかというと、質権は譲渡や売買が可能な財産権でなくてはならないということである。質権には債権のほかに商標権や著作権などがあるが、いずれも売買や譲渡ができる。しかし、女性の肉体やセックス行為というものは譲渡することができない。したがって、「借金を身体で払え」という約束や契約は無効ということになる。
では、セックス行為は金銭等と比べてまったく価値がないかというと、そうでもないらしい。裁判の記録を調べてみると、セックス行為が「ワイロ」と判断され、収賄罪が成立した判決がかなりあるらしい。
しかも、この「セックスはワイロ」という判断により、収賄罪に問われた裁判官がいる。1980年(昭和55年)7月、小倉簡易裁判所判事の安川輝夫(47)は、自らが担当していた窃盗事件の被告人女性(31)を呼び出して、「執行猶予がつくか実刑になるかは、私の手中にある」などと暗に男女の中になるよう匂わせた。女性はこれに応じ、旅館で肉体関係を結ぶことになった。関係した後、安川は女性に現金5万円を渡したという。その後、女性には執行猶予付きの判決が言い渡された。しかも安川はほかにも、自分が担当していた窃盗事件の被告人の妻に接触し、「ご主人との離婚のこととか、お金のこととか、ご相談に乗りましょう」などと迫っていたことも発覚した。
厳格であるはずの裁判官が、被告の弱みに付け込んでセックスを強要していたという事実に、最高裁判所は同年9月に国会の裁判官訴追委員会に安川の罷免訴追を請求した。
ところが、事情聴取直前の10月9日、安川は福岡県久山町の町長選にいきなり立候補する。公務員が公職に立候補すれば、公職選挙法によって自動的に辞職することとなるため、訴追委員会の審査も打ち切られることとなった。だが、安川は実際には選挙活動などほとんど行わなかったため、「罷免のがれのエセ出馬」との批判が起こった。罷免されれば退職金等がもらえなくなる可能性がある。しかし、出馬による退職ならば、その可能性はなくなるからだ。
実際、安川は罷免されることなく、1,000万円を超える退職金や、年間約200万円の年金も受け取ることができた。
しかし、このままでは裁判所の面子は丸つぶれで、何より世論が黙っていない。そこで同年12月、福岡地検は安川を公務員職権濫用罪と収賄罪で起訴。82年3月17日に懲役1年の実刑判決となる。安川は控訴したが、1985年7月18日に最高裁で刑が確定して服役した。
ともあれ、「借金を身体で払え」は無効であり、「便宜を図ってやるからセックスさせろ」と迫ると収賄罪に問われる可能性があるということである。何にせよ、不心得なことはやるものではないということである。
(文=橋本玉泉)
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