【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第34回】

「アイドルとしてのヒップホップ」を突き詰めたパーティー・チューン! tengal6「プチャヘンザ!」

 その夜の阿佐ヶ谷ロフトAはまるでディスコのようだった。ふだんはトークライヴをしているイメージが強いあの空間で、tengal6が「プチャヘンザ!」を歌いだした瞬間、そこに突然巨大なミラーボールが出現する幻を見たのだ。ちょっと大袈裟だけれど嘘ではない。それは、tengal6の初のシングル「プチャヘンザ!」発売前日の2011年10月27日のことだ。

 その翌日もついうっかりtengal6が出演する「シブカル祭」へ行ってしまった。渋谷のPARCO前にステージが組まれていたのだが、公園通りを急いで歩いていると遠くから「プチャヘンザ!」が聴こえてくるではないか。そのシチュエーションに高まった。公園通りを歩いているときに頭の中で流れるのは小沢健二の「強い気持ち・強い愛」と決まっていたのが、一気に塗り替えられてしまったのだ。こうして私は2日連続で「プチャヘンザ!」を買って握手会に参加することになった。

 

 
 1990年生まれのトラックメイカーであるtofubeatsがtengal6に新曲を提供する、というのはそれほど意外ではなかったし、むしろどこか必然性すら感じた。ところが実際にライヴで聴いてみると、冒頭の歌詞から強烈だった。「出会ったときからダンスをする運命なのふたりは」。高校生時代からtofubeatsの存在を知るある女性は「初めて息子のエロ本を見つけた母親のような気持ち」とやや歪んだ形容で衝撃を表現していたが、とにかくそれほど前述のフレーズは甘く、しかしストレートに聴き手に斬りこんできた。しかもライヴを追うごとにバックトラックが微妙に変わるのである。tengal6のデビュー・アルバム「まちがう」に収録されていた「tengal6」をサンプリングしているのにも驚いた。いわばtengal6によるセルフ・サンプリング。「tegal6」のメンバーの自己紹介の部分がサンプリングで流れるのは、ライヴで聴くとかなり不思議な光景ですらあった。

 そしてtofubeatsが作詞、作曲、編曲、サウンド・プロデュース、ミックスまでした録音作品としての「プチャヘンザ!」を聴くと、メンバーそれぞれの声質をいかしたパート割り、声の重ね方、マイクパスの早さ、「バーン!」という歌詞に合わせて鳴る銃声、「ハッハー!」という肉声の挿入……と、もはやこちらが息をする暇もない密度なのだ。前述したような要素に加えて、「今夜はブギーバック」におけるスチャダラパーの歌詞の引用など、ギミックが駆使されているのが心憎い。

 それに続いてインストルメンタルとアカペラも収録されているのだが、Matsumoto Hisataakaaがマスタリングをした結果、3トラックがMIX CDのようになめらかにつながっている。アイドルのCDでマスタリングについて言及するのもニッチな評価軸だとは思うが、そうせずにはいられないほど完成度が高い。しかも紙ジャケット仕様である。

 この楽曲が単なるパーティー・チューンに終わらない魅力を放っているのは、「B-GIRL じゃなくて I/D/O/L」という歌詞に象徴されているように、アイドルとしてのtengal6の魅力にフォーカスを当てているからだろう。実は全員が同じ事務所というわけではないtengal6が醸し出す独特のにぎやかさが「プチャヘンザ!」には投影されている。11月7日付けのオリコンのインディーズシングルチャートで6位、総合チャートでも144位を記録した。

 

 
 この「プチャヘンザ!」にはDVDが付いていて、「まちがう」収録の「Photograph」のビデオ・クリップと、tengal6が作詞作業をする約30分の映像「訳あって作詞」が収録されている。とはいえ作詞された楽曲はまだリリースされていないし、そもそも「プチャヘンザ!」のビデオ・クリップが収録されていないのだ。「プチャヘンザ!」のビデオ・クリップは10月27日のイベントで上映されたのだが、地下道のような空間を使った長回しの一発撮りによる作品で、その演出の凝り方に驚いた。今後のパッケージ化を大いに期待したい。

 「清純派ヒップホップアイドルユニット」という肩書きや、TENGAがスポンサーという出自ゆえに、tengal6に身構えてしまうヲタもいるかもしれないが、いや、それはもったいない。そして最近はヲタが「サブカル」という言葉を蔑称としてやけに使う傾向もあるが、しかしそういう人種にも表層だけ撫でさせて消費させておけばいいじゃないか。そう妙な余裕をもって言いたくなるのは、「プチャヘンザ!」という作品の強度が異様に高いからだ。危うく「yumiさん好きです」と書くのを忘れてしまうところだった。

◆バックナンバー
【第1回】号泣アイドル降臨! ももいろクローバー「未来へススメ!」
【第2回】アイドルが”アイドル”から脱皮するとき amU『prism』
【第3回】タイ×ニッポン 文化衝突的逆輸入アイドル・Neko Jump
【第4回】黒木メイサ、歌手としての実力は? 女優の余芸を超える”ヤル気満々”新譜の出来
【第5回】全員かわいい!! 過剰なほど甘酸っぱく、幸福な輝きを放つ「9nine」のイマ
【第6回】AKB48「桜の栞」は、秋元康による”20世紀再開”のお知らせだった!?
【第7回】エロくないのにエロく聴こえる!! 聴けば聴くほど頭が悪くなる名曲誕生
【第8回】アイドルよ、海を渡れ 変容するSaori@destiny『WORLD WILD 2010』
【第9回】いよいよエイベックスが本気を出す!! 東京女子流という産業
【第10回】テクノポップが死んでも……Aira Mitsuki is not Dead!!
【第11回】アイドル戦争と一線を画す17歳美少女 そこにユートピアがあった
【第12回】おニャン子クラブの正当な後継者はAKB48ではない――「アイドル戦国時代」の行く末
【番外編】「ヲタがアイドルの活動を支えられるかどうかは、現場を見ればすぐに分かる」Chu!☆Lipsとチュッパーの幸福な関係
【第13回】非武装中立地帯的なアイドル・Tomato n’Pine
【第14回】99年生まれも!! 国産アイドル・bump.yのもたらす脳内麻薬と安心感
【第15回】「○○商法」で結構!! 限定リリース戦法でじりじりチャートを上る小桃音まい
【第16回】やっぱりAKB48は20世紀の延長だった!? 「80年代風アイドル」渡り廊下走り隊
【第17回】AKB48新曲バカ売れの背景――僕らはいつまでアイドルに「陶酔」していられるか
【第18回】これぞ鉄板! 完成度抜群、SKE48のアイドル×ソウル「1!2!3!4! ヨロシク!」
【第19回】右傾化する日本社会でK-POPはどう受容されていくか KARA『ガールズトーク』
【第20回】“救済”を求めるアイドルヲタ……ぱすぽ☆周辺のアツすぎる上昇気流
【第21回】アイドル戦国時代とは何だったのか? 2010アイドル音楽シーン総括評
【第22回】死ぬまで見守れる稀有なアイドル・Cutie Pai
【第23回】「アイドル戦国時代」終了!! 板野友美『Dear J』を16万枚売り上げるAKB48リリースラッシュの裏側
【第24回】白々しい泣き歌が溢れるJ-POP界にStarmarieが真の悲壮感を叩き込む!
【第25回】歌舞音曲「自粛ムード」が漂う中、今こそ見たい”元気の出る”アイドル動画
【第26回】新しいアイドル社会の誕生宣言!? BiS「Brand-new idol Society」
【第27回】学校生活と部活動をテーマに音楽ジャンルを網羅する! さくら学院
【第28回】アグレッシヴな美意識を打ち出し、アイドル戦国時代を彩り始めた「東京女子流*」
【第29回】まるでシャーマン!! ファンに”熱”をもたらすSaori@destinyの魔力
【第30回】ヘタウマラップがクセになる「清純派ヒップホップアイドル」tengal6
【第31回】暴走するアイドル・BiSが圧倒的なサウンド・プロダクションとともに届ける傑作「My Ixxx」!
【第32回】「アイドルっぽい音」から大胆に逸脱していくTomato n’Pine「なないろ☆ナミダ」
【第33回】福岡の地元産業密着型アイドルは全国で成功できるか!? LinQ「ハジメマシテ」

men'sオススメ記事

men's人気記事ランキング

men's特選アーカイブ