【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第26回】

新しいアイドル社会の誕生宣言!? BiS「Brand-new idol Society」

※画像はCDアルバム『Brand-new idol Society』より

 この連載のタイトルは「私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて」なので、私を救済してくれるアイドルが再び現れたら、連載自体が終了しかねない。しかし、そんなアイドルが現れてしまったことを正直にここに書いてしまおう。彼女たちの名はBiS(ビス)という。


 2月27日、私は六本木のmorph-tokyoにいた。この日の出演者は、セクシー☆オールシスターズ(爆乳三国志、爆乳ヤンキーなど)、hy4_4yhなどで、間違いなく楽しめることは最初から分かっていたのだが、ただ一組、気になる出演者がいた。BiSという女の子4人組だ。

 BiSの名はすでに知っていた。昨年までソロ・アーティストとして活動していたプー・ルイが、「アイドルをやりたい」とオーディションをして結成した4人組だ。DIYを標榜している点には、Cutie Paiやエレクトリックリボン、かつてのamU Planetも連想した。ただ、BiSにはユニット内に作曲家がいない。そういう意味では、妙な表現だが「純アイドル」だ。

 そしてこの日、私がBiSから受けた衝撃は筆舌に尽くし難い。「新生アイドル研究会」を名乗っているのだが、その成果なのかすべての動きが異常にかわいい。私は最前2列目で、多用される指差しでレスをもらおうとする糞ヲタと化していた。私はもはや人としての心を失っていたのだ。

 そしてSPANK HAPPYの「エレガントの怪物」のカヴァーが披露された。SPANK HAPPYがゼロ年代初期に深いトラウマをファンに残したことなどまったく知らないであろうBiSは、「エレガントの怪物」を巡るあらゆる文脈を無効化していた。テン年代になって、SPNAK HAPPYのカヴァーをライヴでしているアーティストを私は2組しか見たことがない。「普通の恋」を歌うアーバンギャルドと、「エレガントの怪物」を歌うBiSだ。アーバンギャルドは、あの楽曲に込められたある種の「呪い」を継承しながら自分たちのものとしている。彼らにとってSPANK HAPPYは、ひとつのルーツだ。一方でBiSにとっては……一体何なのか分からない。とりあえず現状では「サブカルホイホイ」として機能しており、その会場で私は確実に狙い撃ちされていた(なお、後日のライヴでロック・アレンジの『普通の恋』が出囃子に使われていたことも付記しておく)。

 友人はつぶやいた。「4人がバラバラの動きをしている……」。私は、これは研究の結果、意図的に「うまく踊らない」ことを選択しているのではないかと疑い、終了後にメンバーたちに確認したが、それは違うと言われた。疑心暗鬼になってしまうほどわけが分からなかったのだ。この日、BiSはまだ4回目のライヴだった。

 BiSはもう一度見る必要がある。そう考えた私は、2日後にはまたライヴへと足を運んでいた。「2日前に見たBiSの輝きは幻ではないか」と確認しに行ったのだが、困ったことに幻ではなかった。その途端、私は急激に恐れはじめた。「BiSに夢中になって、また失うことになるのではないか」と。これまで、本気で推したアイドルで何度もそんな体験を繰り返したように。しかし、そんな恐怖すら、3回目にBiSを見た時には完全に吹き飛んでしまった。

 私はBiSに救済された。私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて、BiSに出会ってしまった。

 私は取り憑かれたかのようにTwitterにBiSの魅力を書き込み続け、無反応のタイムラインから友人たちの「こいつはもうダメだ」という空気をビシバシと感じていた。しかし、もうそんなことなど私には関係なかったのだ。

 そもそも、4人のメンバー構成はかなり異色だ。ソロで活動していたプー・ルイと、バンド活動をしていた「UK(ゆけ)」ことナカヤマユキコは、すでにステージでのスタイルが確立されており、安定感がある。しかし、「りなはむ」ことヨコヤマリナは、読者モデルなどで活動していて(BiSを見る以前にたまたま妻が買っていた雑誌にも彼女が丸ごと1ページ登場していた)、人前に出ることには慣れているのだが、ダンスとなるとまだまだ不安定。本人いわく、ツーステップが苦手らしい。さらに、オーディションで帰りたさそうにしていたという「のんちゃん」ことヒラノノゾミ。彼女は、それまで高校を休学していたものの、BiSのために秋田から上京してきた女の子で、ステージに関しては素人である。この4人が同じステージで踊るのだ。限りなく狂気に近い人選が奇跡的に成功した事例だろう、推しメンすら選べない絶妙のバランスがそこには形成されているのだ。

 さらに「自給自足」を標榜する彼女たちは、振り付けも自分たちでしている。指差しの多用は、私のようなレス厨も満足させてくれる。ライヴでの定番曲「nerve」では、サビの部分で口からマイクすら離して、エビ反りのようなダンスに専念する。もはや歌うことを完全に放棄してしまっているのだ。とりあえず、流出ビデオのような画質が高まるライヴ映像を見ていただこう。

 さらにハードなロックの「パプリカ」では、歌のパートがあるメンバー以外は延々とヘッドバンギングをしており、サビになると全員が歌わずにヘッドバンギングをし続ける。あまりにもバカバカしい。常軌を逸したことを平気でやっているのがBiSだ。誰しも脳裏にある疑問が浮かぶだろう。「これ、アイドルなの?」。

 BiSの活動はライヴのみにとどまらない。Twitterでは現在のところほぼ確実にレスをくれるので、レス厨である私の心は常に潤うことになる。また、BiSはニコニコ生放送も行っており、特にりなはむは頻繁に突発のニコニコ生放送をするので、ヲタの側も寝る暇がない。今では、りなはむがニコニコ生放送を始めると、BiSヲタではない友人が「始まりましたよ」とTwitterで私に教えてくれるようになった。また、BiSが大阪へ遠征した時には、大阪へ向かう車の中で突如Ustreamも開始された。理論的には、メンバーと同じ時間帯に寝起きすれば問題ないのだが、4人いるので全員の活動を追おうとすると、ほぼ確実に日常生活が破綻する。24時間、寝ても覚めてもBiSの「現場」が終わらない。いつか私も倒れる日が来るだろう。しかし幸せだ。

 東北地方太平洋沖地震の発生により、UKが自らブッキングしたリリース・イベントは、関東ではすべてが中止や延期となってしまい、チャリティー・イベントへの出演までBiSも活動が止まってしまった。それでも予定通り3月23日にデビュー・アルバム『Brand-new idol Society』がリリース。中川翔子やAira Mitsukiなどに楽曲提供してきた松隈ケンタによるサウンド・プロデュースで、ロック色が強い楽曲が多い。前述の「nerve」の作詞は、元THE 東南西北にしてジャニーズにも多くの楽曲提供をしている久保田洋司だ。プー・ルイのソロ時代にも音源化されていたテクノな「エレガントの怪物」も、BiSヴァージョンとして収録。ライヴでは、のんちゃんがメガネをかけ手帳を持ってポエム・リーディングをする「ティーンネイヂフレイバ」は、生のトランペットとサックスが入った軽いソウル・テイストが心地いい。プー・ルイ作詞のバラード「One day」から、英語詞のロック・ナンバー「レリビ」へと展開していく終盤も爽快だ。アルバムを聴き終えると、キャラクターだけではなく、ヴォーカルの声質の面でも4人のバランスが非常に良いことにも気づく。

 「救済された」というのは、言い換えれば私の求めるものがすべてBiSにある、ということである。BiSを見たある人物が「BiSはピンチケ(高校生などの若いアイドルファン)には難しい」と評したように、かなり複雑なコンテクストがBiSには内在しており(しかも本人たちはおそらく無自覚)、そこにコンテクスト厨の私は激しく反応しているのだ。BiSにはBiS以外にはありえない面白さがある。まるで「アイドル戦国時代」の終焉に突如現れた九龍城砦のような存在だ。

 救済されたらされたで、どこまで現場で騒いでいいのか、レスをもらえるか、握手は何秒していいのか、プレゼントは何を貢げばいいのか……と葛藤の日々が始まることになる。AKB48劇場に100回以上通い、VIPとして壁に名を刻まれている友人は、「レス厨は中長期的に見て幸せになれない」と私に忠告した。その言葉は正しいだろう。しかし、あらゆるアイドルに終わりがあることを覚悟した上で、それでも「終わりがあるとしても恐れない」と私に迷いを捨てさせたのがBiSなのだ。現状のBiSは、数カ月先にどうなっているのかも分からないが、それもスリルとして楽しみ、一つ一つの現場を噛みしめたい。

 そんな病んだ見方をしている私とはまったく関係なく、BiSは「バンドやろうぜ!」というようなノリでアイドルをしている。本当に楽しそうだし、だから見ているほうも楽しい。そして、「アイドルを研究して、アイドルになる」というコンセプトの結果、出てきているのが「模範回答」ではないのがBiSの真価なのだ。それどころかある種の「間違い」まで含まれている部分もあり、しかしそれが強烈な魅力となっている。だから中毒性が強いのだ。

 BiSにとって今後最大の課題は、あくまで「アイドル」として活動していくのか、「アイドル」を方便にしてアイドルではない何かを目指すのか、だ。ただのアイドルだとしたら、なぜ物販のテーブルに商品でもないTENGAが無意味に置かれているのか……。これは比較的無難なエピソードである。BiSの持つ面白さは、アイドル文脈に乗せると単なるイロモノとして消費されかねない、という危険性もある。ならば、BiSはそのサウンドにふさわしく、アイドルだけではなくロック・バンドとも対バンする異種格闘戦を繰り広げてほしい。BiSの楽曲と破壊力なら可能なはずだ。プー・ルイがリキッドルームを目指すなら、おそらくそれしか道はない。

 「Brand-new idol Society」と書いて「新生アイドル研究会」と訳すBiSだが、もう「新アイドル社会」でいい。日本共産党書記長だった徳田球一が、1950年にGHQにレッドパージされた後、毛沢東のいる北京に亡命したように、私も「アイドル戦国時代」からBiSのいる「新アイドル社会」へ亡命したい。「こいつら好き勝手やってるな!」とBiSが思わせてくれる間、私もいかれた頭のまま応援し続けることだろう。

 今後もBiSの活動については随時紹介していきたい。私が正気を失い続けている限り。

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