まさに「空前」という言葉が相応しいほどのブームである。猫も杓子もゲゲゲなのである。漫画家・水木しげるの妻・武良布枝が著した自伝を原作にした2010年NHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』(2010年3月29日~9月25日)の国民的人気はとどまるところを知らず、ついに2010年流行語大賞までも取ってしまった。ご多分に漏れず出版業界にもその影響は大きく、というか作者・水木しげる御大が漫画家であるのだから当然だが、今、空前とも言うべき「水木作品復刻ブーム」が巻き起こっている。
水木しげる、御歳88歳。紫綬褒章、旭日小綬章を受章した、言わずもがな日本のみならず世界的にも著名な漫画家である。しかし、今回のブームの火付け役となったドラマの中でも描かれていたが、その作家生活は、けっして順風満帆なものではなかった。ブームと不遇の波を交互に掻き分けるがごとく、氏の代表作である「ゲゲゲの鬼太郎」は、出版社、掲載誌を替え今日まで生き延びてきた。時代ごとにその姿を替えてきた鬼太郎だが、その中には、子ども向けとは言い難いものも存在することを知らない人もいるのではないだろうか。
1968年の初アニメ化から、現在の日本のテレビアニメ最多となる4回のリメイク・5度のアニメ放映化を果たしてきたアニメの影響からか子ども向けのイメージが強い鬼太郎。しかし、実は大人向けの実話誌でも発表されていた時期がある。それが1977年から『週刊実話』(日本ジャーナル出版)で連載されていた、「続ゲゲゲの鬼太郎」「新ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代」「新ゲゲゲの鬼太郎」だ。水木しげる55歳の頃の話。その内容は、対象読者に合わせ、高校生になった鬼太郎(ちゃんちゃんこではなくタートルネック!)が野球に目覚めたり、相撲とりになったり、ちゃっかり彼女がいたり、果ては現代的な表現ではないものの金髪の姉ちゃんとセックスしたりと、まさに「ヤリたい放題」な内容だった。この連載は「その後のゲゲゲの鬼太郎」として扶桑社から全3巻の文庫として出版されたが、ここ数年はほぼ絶版に近い状態だった。
ところが、今回のブームによりこの”実話誌版”鬼太郎が、『ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』『ゲゲゲの鬼太郎 青春時代』(共に角川書店)の2冊で復刻刊行された。これはファンならずとも驚いた。特に『青春時代』には、世間一般の鬼太郎のイメージからは大きく逸脱した作品が多く(目玉のオヤジがオマ●コの中に入り込んで『ちょっと肉風呂に入って……』なんてセリフまで!)、よくぞ復刻させたものだと、版元である角川書店の英断に驚かされた。
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しかし、今回のブームによる復刻の衝撃はこれに止まらなかった。最大の驚きは、何と言っても鬼太郎ファンにとっては幻の書の一冊であった『鬼太郎のベトナム戦記』(徳間書店)の復刻だ。
1968年連載、協力・福田善之、佐々木守、ベトナム戦争の悲劇を描く異色シリーズである『鬼太郎のベトナム戦記』。1回目の単行本化は劇画秀作シリーズ8弾として1969年に、2回目は1985年、共に朝日ソノラマから出版されていた(後に絶版)。光文社『週刊宝石』に連載されたこの中編(全6話)は、鬼太郎ファミリー(猫娘はいないけど)が戦火のベトナムへ乗り込み、ゲリラを助けるために米軍と闘うというものだ。子なき爺は原子力潜水艦に抱きつき沈めたり、ねずみ男はチェ・ゲバラになり済まし民衆を扇動したりする。とにかく重い内容で、べトナム人民の苦難の歴史を描く。日本の首相からの書簡でベトナムからの撤退勧告を受けるが、妖怪には国籍がないので日本政府のいうことを聞く必要はない、と断ったり男気のあるところがあるかと思えば、アメリカ側の美女に魂を奪われ、拝金主義になってしまったりと、どこか生々しくそれでいて飄々とした鬼太郎は、『墓場鬼太郎』に通じるところか。
今回のまさかの復刻ラッシュに、一過性とはいえブームもそんなに悪いもんじゃないね、と思った生粋のファンも多いかもしれない。今後、東京都青少年健全育成条例の改正案が通過してしまえば、言われなき中傷を受けかねないこれらの作品。良い子のみんなは、後悔する前に買っておくよーに!
(文=mas)
初刊行時の体裁で完全復刻! 小学館クリエイティブさん、ありがとー!
くれぐれもお忘れなく【限定】なのです!