CD不況が叫ばれる2010年に、よもやミリオン・ヒットの可能性さえあるシングルに出くわすとは思わなかった。AKB48のメジャーでの18枚目、インディーズ時代も含めれば20枚目となるシングル「Beginner」(キング・レコード)は、1週にして売り上げ枚数が82万6,989枚という驚異的な数字をオリコンで叩き出した。週間シングルランキングではもちろん初登場1位である。2位のポルノグラフィティとの差が約79万枚、というのも冗談のような話だ。「通常盤Type-A」「通常盤Type-B」「劇場盤」が存在し、さらに通常盤にも「イベント参加券入り初回完全限定生産盤」があることを考えれば、複数枚買いが激しくなるのも必然だが、約83万枚となるとそれだけでは説明が付かない勢いを実感させられる。
しかし、実は今回のこの連載は「Beginner」のCD評ではない。「Beginner」のビデオ・クリップの評なのだ。このクリップを見た「メンズサイゾー」編集長から「中島哲也監督によるアイドルという偶像へのアンチテーゼではないか」という意見を受けて、急遽「Beginner」のビデオ・クリップについて批評することになったのである。
ところが本来の「Beginner」のビデオ・クリップは、約83万枚も売れたどの種類のシングルにも収録されていない。通常盤のDVDに収録されている「Beginner」は、ダンス・シーンを中心に編集したもの。映画『下妻物語』『嫌われ松子の一生』『告白』などで知られる中島哲也が制作したオリジナル・ヴァージョンは、内容が残酷すぎるという理由で、ライヴで上映されたもののDVD収録は見送られてしまった。その映像を現場で見た友人は、確かに「グロすぎる」と語っていた。
オリジナルのビデオ・クリップである「Beginner<ORIGINAL VER.>」は、最終的にレコチョクから配信されるという形になった。iPhoneとの2台持ちでガラケーを持っていて良かった! 525円も支払うことになったが……。
「Beginner」は井上ヨシマサが作編曲を担当した楽曲で、R&B路線のサウンドだ。同じく井上ヨシマサが作編曲を手掛けた09年の傑作「RIVER」(同)の系譜に連なる作品である。作詞はもちろん秋元康。
この楽曲に中島哲也が制作した映像は、ポップな色合いのCGが彩る白バックの世界で、コードに接続されたAKB48のメンバーたちが、自分たちがプレイするゲームのキャラクターになるというものだった。彼女たちは、頭を押し潰され、全方向から串刺しにされ、顔とその下を真っ二つに切断され、全身を押し潰され、それぞれに負けていく。噴き出すのは青い血だ。そして大島優子に助けられた前田敦子だけが赤い血を流し、絶叫する。この映像から見受けられるのは、押井守監督の『攻殻機動隊』や庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン Air/まごころを、君に』といった国産のサブカルチャーからの影響だ。そうした要素のもと、DVDに収録されたものとは異なり「作品」として成立している。
実のところ、「Beginner<ORIGINAL VER.>」を携帯電話で見終えて感じたのは、自分がこの作品の「対象外」であるということだった。アイドルのビデオ・クリップとしてはやはり異様なほど残酷な映像は、「僕らは夢見てるか?」とあざといほど繰り返される歌詞との相乗効果でラストのカタルシスを導いていく。秋元康の言葉を借りるなら、コンテンツとして「刺さる」ことを明確に目指している。ただし、この作品が対象としているのは「賢くなった大人たち」ではなく、若いファンであることは歌詞の内容から明白だ。そうしたマーケティングを「Beginner」にはありありと感じる。
「総選挙」や「選抜じゃんけん大会」などによってメンバーは常にストレスを背負うことになり、ファンは運営側を「糞運営」と罵倒しながらも、AKB48のメンバーたちに感情移入する。アイドルにとって「物語性」は重要な要素であると同時に、ある種の麻薬のようなものだ。多くの場合、物語は大ブレイクと同時に終わってしまう。モルヒネはすぐに切れてしまい、ファンは目を覚ましてしまうのだ。
ところがAKB48において秋元康は、09年後半の大ブレイク以降も物語の醸成を積極的に行っている。「会いに行けるアイドル」だったAKB48を、よほど幸運でなければAKB48劇場で見られなくなった代わりに、メディアを通じて興奮を提供できるように志向しているのだ。そうした到達点のひとつに「Beginner<ORIGINAL VER.>」は存在する。いわば、これはアイドルを殺すことによってアイドルを輝かせるというアンビバレンツなシステムの産物だ。
現状、携帯電話の小さい画面でしか見られないのだから、これもまた残酷な話である。DVDでは、黒のブラジャーに白のシャツをはおったドスケベ感のある衣装を鮮明に見られる。また、映像にフォーカスして語るなら、カップリングのアンダーガールズの「僕だけのvalue」は丸山建志監督で、反目しあう女の子グループを描きつつ、地方都市の日常の倦怠感を浮き上がらせている。8分以上ある映像の半分がドラマという構成だ。また、「通常盤Type-A」に収録されているMINT(前田敦子率いるユニット・チームピグ)の「君について」は高橋栄樹監督で、劇中劇ならぬ「ビデオ・クリップ内ビデオ・クリップ」が5本も出てきて、金のかけ方が尋常ではない。
巨大化して前例となるビジネス・モデルさえない道を歩んでいるAKB48は、ファンのみならずアンチや興味のない層にすらリーチする刺激をいつまで提供し続けられるのだろうか? AKB48がまた一本強いクスリを使ってしまったのが「Beginner<ORIGINAL VER.>」だ。「僕らは夢見てるか?」というより、我々はいつまで陶酔していられるのだろうか?
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