ミルクティーを片手にページをめくりたくなる、オシャレなピンク映画カルチャー誌『PINK HOLIC』が現在発売中だ。ピンク映画界にフレッシュなお色気を吹き込んでいる人気AV女優かすみ果穂、桜木凛らの撮り下しカラーグラビアあり、まさかまさかのクリストファー・ドイルが撮影で参加している いまおかしんじ監督の新作『おんなの河童』の現場レポートあり、さらにはピンク映画界の大御所・小川欽也監督へのインタビューやピンク映画第1号『肉体の市場』(62)から始まる大蔵映画の全作品リストまで掲載している。ピンク映画が最近気になっているというビギナーだけでなく、青春時代をピンク映画館で過ごした筋金入りのファンまで納得できる内容なのだ。この『PINK HOLIC』を手掛けたのは、ピンク大賞の主宰者であり、ピンク映画専門誌『PG』編集長・林田義行さんと、日本映画専門サイト「Hoga Holic」の編集者・戸田美穂さん。おふたりにピンク映画の近況を聞いた。
──ピンク映画48年に渡る歴史を『PINK HOLIC』はコンパクトにまとめていますね。ピンク映画ファンなら1冊は入手したくなる内容です。
林田 上野オークラ劇場のリニューアルに合わせて7月末に完成させたので、編集期間は1カ月足らずと非常に限られたスケジュールだったんですが、その中で表層的かも知れませんが、一応はピンク映画の黎明期から現在までを分かりやすく振り返ったものになったかと思います。
戸田 今回の『PINK HOLIC』は、上野オークラ劇場のリニューアルに合わせて、旧来のファンだけでなく、新しいファンにもアピールできる冊子ができないかと、劇場の斎藤支配人とのお話からスタートした企画です。
私も少なからずピンク映画を見ていますが、ピンク映画誌を作るには生半可な知識では到底無理。そこで以前から取材で面識のあった林田さんに加わってもらいました。林田さんはピンク映画を長年取材してきているのに、常にピンク映画界全体を客観的に捉え、公平に評価している視点が素晴らしい。林田さんが原稿を書き上げ、まとめる速さには、同じ編集者としてもう脱帽でした(笑)。
──さすが、ピンク映画の”生きたベータベース”ですね。そんな林田さんにとって、ピンク映画の老舗・上野オークラ劇場はどのような存在なんでしょうか?
林田 現在進行形で、ボクの人生でいちばん通っている映画館ですね(笑)。大蔵映画が毎月3本製作している新作は、まず上野オークラ劇場で封切りされるんです。なので、この20年間毎月少なくとも3回は上野オークラに通っています。今回の大蔵映画の全作品リストを掲載しようというのは、戸田さんのアイデア。もちろん、ピンク映画は大蔵映画だけでなく、新東宝やエクセスなどもあるんですが、まぁ、ピンク映画のパイオニアである大蔵映画の全作品名を網羅したことで、ピンク映画48年の歴史を感じてもらえればなぁと思っています。
戸田 大蔵映画でも2004年以前のものはデータ化されておらず、紙資料しか残っていなかったんです。会社のスタッフに協力してもらい、人海戦術でリストを作成しましたね。
──ピンク映画は劇場公開後は基本的にジャンクされてしまうので、DVD化されている作品は極わずか。題名だけでも記録を残そうというピンク映画へのディープ・ラブを感じさせます。ところで林田さんがピンク映画にハマったきっかけは?
林田 兄に勧められて日活ロマンポルノ『母娘監禁 牝』(87)を見たのがきっかけです。中学3年のときでした(笑)。それまでも映画好きで、マイナーな映画や自主映画なども見ていたんですが、この作品はもうショーゲキでした。主人公の女の子が最後にビルから飛び降りてしまうという暗い内容だったんですが、今までに見たことのないタイプの映画に出会ってしまったことにショックを受けてしまった。最初の出会いがよかったのか悪かったのか、それ以来すっかりピンク映画の底知れぬ魅力の虜になってしまったんです(笑)。高校時代には「NEW ZOOM-UP」というコピー印刷のミニコミ紙を作って、亀有名画座や大井武蔵野館といった名画座に置いてもらっていました。それが5年後に『P・G』、さらに『PG』へと移行して現在に至っています。
──まさに林田さんはピンク映画と共に時代を歩んできたんですね。ピンク映画の魅力をそれぞれ教えてください。
林田 ピンク映画って一般映画に比べ、事前に知る情報量が少ないですよね。その分、スクリーンで初めて触れたときの「こんな面白い映画があったのか!?」という感動も大きいと思うんです。世界的に見て、35ミリのフィルム作品がプログラムピクチャーとして毎月作られ続けているのは、もう日本のピンク映画ぐらい。ここ数年は製作本数が減っていますが、ずっと長い間、ピンク映画は年間100本前後も製作され続けてきたんです。その中には物すごく面白い作品もあれば、当然ですがとんでもなくヒドい作品もあるわけです。1日3~4本立てで上映される作品の中には、ピンク四天王(佐藤寿保、サトウトシキ、瀬々敬久、佐野和宏)みたいなハードな作品もあれば、真逆な作品も一緒に上映されている。そういうのをひっくるめた面白さがピンク映画館にはあるんです。DVD化されない作品がほとんどなので、ピンク映画館に行かないと2度と観ることができない作品ばかりですしね。個人的に思い入れが強いのは、ボクがピンク映画を見始めた時期と重なるピンク四天王。最近では”オークラ・ヌーベルバーグ”と呼ばれる加藤義一、竹洞哲也、城定秀夫といった若手監督、脚本家たちの活躍も見逃せないですね。女優では今も活躍中の伊藤清美さん、四天王作品によく出ていた岸加奈子さん、それから34歳の若さで亡くなった林由美香さんが印象深い。時代時代で変わっていくピンク映画を追う面白さもあるんです。
編集者・戸田美穂さん
戸田 私の場合は、神代辰巳監督から日活ロマンポルノを観るようになり、ピンク七福神(いまおかしんじ、女池充、田尻裕司、上野俊哉、榎本敏郎、鎌田義孝、坂本礼)の田尻監督の『OLの愛汁 ラブジュース』(99)が日本プロフェッショナル大賞7位に選ばれたのをきっかけにピンク映画も観るようになりました。ただし、それまではDVD化された作品や一般映画館で特集上映される機会に見ていたんです。先日、上野オークラ劇場の新館ができて、初めてピンク映画館デビューしました(笑)。女性にとっては、やはり成人映画館はまだまだ気楽には入りにくい部分がありますが、シネコンでは味わえないドキドキ感が味わえるのは確かですね。
──今年5月の開催で22回を数えた「ピンク大賞」は来年以降どうなるのか、気になっているピンク映画ファンも多いと思います。主宰者である林田さん、どうでしょうか?
林田 『PG』最新号(106号)の編集後記にも書きましたが、来年以降はどういうスタイルのものにするのか思案しているところです。というのも、大蔵映画はいまだに毎月3本の新作を公開していますが、エクセスは今年はまだ4本しか公開しておらず、新東宝は純然たるピンク映画はゼロという状態なんです。このままだと今年のピンク映画の製作本数は50本を切ってしまうことになります。大蔵映画だけという状態で、果たして今まで通りの映画賞を続けていいのか正直なところ悩んでいます。ピンク映画界のこれからの展開次第ですね。
──ピンク映画の実情は大変なんですね……。
林田 昔からピンク映画は1本につき製作費300万円という過酷な条件だったんですが、製作本数が多かった頃はスタッフまだピンク映画で食べていけていたんです。でも最近は製作本数が減ったため、ピンク映画だけでは食べていけない厳しい状況です。ほとんどのスタッフは映像関係の別の仕事を掛け持ちしたり、映像とはまるで関係ないバイトをしたりしているんです。よくも悪くもピンク映画の現場は、好きで作っている自主映画に近いものがありますね。
戸田 ピンク映画はもう終わりだって、20年前から言われていることなんです。ピンク映画出身の高橋伴明監督を「Hoga Holic」で取材したんですが、製作条件の厳しいピンク映画をやってきたんで、ちょっとやそっとのことじゃ倒れない打たれ強さがあると仰っていました。ピンク映画出身監督のそういうバイタリティーみたいなものは、とてもかっこいいなぁと思いますね。
『PINK HOLIC』の特集記事「ピンク映画の現在」には、ピンク映画は欧米のインディペンデント系の映画祭で人気を集め、米国ではDVD化も進められているとある。また、日本映画史を語る上でピンク映画の存在は欠かせないものと考える海外の映画文化研究者も少なくないそうだ。現代の”春画”とも言えるピンク映画のエッセンスを詰め込んだ『PINK HOLIC』、お早めの入手をお勧めします。
(取材・文=長野辰次)
●『PINK HOLIC』
全国の成人映画館やミニシアターで先行発売されていたが、9月10日よりネット通販やジュンク堂などの書店での一般発売を開始した。今年8月にリニューアルした上野オークラ劇場の歴史を振り返るべく、上野オークラ旧館のメモリアルグラビア、48年間にわたる大蔵映画の全作品リスト、400本以上を監督した”ピンク映画の名匠”小川欽也監督へのインタビュー、製作費300万円で35ミリ作品を生み続けるピンク映画の製作過程の特集記事などが組まれている。装丁は深夜バラエティー番組『ちょいとマスカット』などでも活躍中のかすみ果穂、12年のキャリアを持つピンク映画女優・里見瑤子のW表紙となっている。定価/1200円。発売/トライワークス
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34歳で世を去った女優・林由美香の生涯