“エロバリ”という言葉、知ってますか? 「バリバリにエロいやつ?」と答えた人は、ある意味で正解。エロバリ=エロティック・バリアフリー・ムービー。男だけでなく、女性も障害者も高齢者も一緒にエロ映画を楽しもうという非常にオープンマインドな、でもしっかりエロい企画なのだ。エロバリ第1弾として、AVやピンク映画で大活躍した薫桜子ちゃんが愛奏(あい・かなで)に改名してから初主演作となる『ナース夏子の熱い夏』、『片腕マシンガール』『ロボゲイシャ』で大暴れした亜紗美嬢が新しい一面に挑んだ『私の調教日記』の2本が都内のポレポレ東中野で公開中。どちらも巨匠・東陽一監督が東ヨーイチ名義で手掛けたもの。上映作品に日本語字幕と副音声が付いており、この副音声がNHKのアナウンサー的な無機質な淡々とした解説ではなく、セクシー系女優が色っぽくナレーションしており、かなりイイ感じ。耳で感じるエロスですよ。『調教日記』の副音声は『ナース夏子』に主演した愛奏ちゃんが副音声を担当しており、主人公たちのベッドシーンを「男はイッたみたいだけど、女はどうかしら? 女もイッたみたい。だって笑顔だから……」なんて女心まで解説してくれるわけ。8月28日、愛奏ちゃんが会場で副音声の実演ライブを行なうということで、ポレポレまで会いに行ってきました。
──劇場での生実況、お疲れさまでした。愛ちゃんの温かみのある生声が心地よかったっスよ!
愛奏 そう言ってもらえると、うれしいです(笑)。でも今日は、すっごい緊張しました。DVDに収録するための副音声は、すでにレコーディング済みなんですけど、お客さんの前で生実況するのは大変。フィルム作品だと活弁士の方が話し始めるタイミングでキューサインがフィルムの端っこに出るらしいんですけど、今回の作品にはそういうのはなかったんです。なので、自分の勘で話し出すしかなくて。どうしてもライブだと早すぎたり、遅すぎたりして、難しかったですね。
──「そして、ディープキッス」とかのフレーズに愛ちゃんの情感が籠ってましたよ。副音声の原稿も東監督が書いたそうだけど、今回の愛ちゃんはどういう立場からのナレーションだったの?
愛奏 そうですねぇ、覗き屋でしょうか、あはは。
──初めてエロ映画を観る障害者にとっては、愛ちゃんのナレーションは”神の声”に聞こえるんじゃない?
愛奏 じゃあ、恋人たちのラブシーンを覗き見している神さまの声ってことで(笑)。でも、絡みのシーンの副音声は難しかったですね。いい感じの喘ぎ声と私の声が被ってしまい、ゴメンなさ~いって感じでしたから。
──視覚障害の人たちからは「ヘッドフォンなしで、みんなと一緒に楽しめる開放感があって良かった」なんて感想が届いているそうです。
愛奏 へぇ~、そうなんだぁ。私も今回は舞台挨拶やトークイベントなどで会場に足を運ぶ機会が多いんですが、みなさんが私のことをどういう風に思っているのか聞いて回っているんです。目の不自由な方は、私の演じた夏子の声や立ち振る舞いからどういうイメージを持っているんだろうとすごく気になって尋ねてみたんですけど、「弱々しいイメージ、頼りない感じ」、それに「華奢な感じ」とも言われました。スイマセン、”華奢”ではありませんと答えましたけど(笑)。でも、頼りないって、実生活ではよく言われていることなんですね(苦笑)。障害のある方って、私の容姿じゃなくて、本質的なところをちゃんと見抜いているんだなぁと驚きました。
──エロバリ第1弾である『ナース夏子』と『調教日記』は、5日間で2本撮りという大変な撮影現場だったそうですね。
愛奏 はい、スタッフのみなさんは連日の徹夜作業で、大変だったと思います。東監督は「若いスタッフがやってるのに、オレができないはずがない」って休まずに頑張ってましたね。その言葉を聞いたプロデューサーが「じゃあ、次のエロバリ第2弾もお願いします」って頼んだら、東監督は「こんなハードスケジュールで毎回やってたら死んじゃうよ」って言ってました(笑)。東監督は75歳ですけど、ほんと現場で死んでもいいくらいの気持ちでやってるんじゃないかと思います。作品が大きいとか小さいとか関係なしで、いつも腹をくくって撮ってる感じがしますね。
──映画の現場がある限り生き続ける”映画ゾンビ”ですね。
愛奏 あっ、いいなぁ、私も映画ゾンビになりたい! 映画の現場にずっといたいです(笑)。でも、今回は東監督、大ベテランということもあり、大変なスケジュールの現場だったのに、踊るような感覚でリズムカルに演出されてましたね。私もすごく自由に演技させてもらいました。その分、もっと自分自身の幅を広げていかなくちゃとも思いましたけど。ピンク映画だと後からアフレコしやすいように動きとかも考えていたんですけど、今回のエロバリは初めての体験で、どんな風な副音声が入るのか分からなかったので、副音声を入れやすい動きとかまでは考える余裕がなかったし。
──薫桜子時代は吉行由実監督作品の常連で、08年にはピンク大賞女優賞も受賞してますよね。愛奏に改名したのは何かきっかけがあったの?
愛奏 吉行作品は女性監督ならではの視点の面白さがあるんですけど、男性向けのハードな絡みの作品だと自分の中でどうすればいいのか悩んでた部分があったんですね。事務所を移ったこともあり、リセットした新鮮な気持ちでやるぞ〜っていう思いなんです。自分で新しい名前はいろいろ考えたんですけど、事務所からボツにされました(苦笑)。ラサール石井さんに考えてもらった”愛奏”は文字のバランスがいいし、クレジットでも見つけやすいので気に入っています。吉行作品には1本助演で出てますけど、主演作は今回の『ナース夏子』が初めてです。東監督のお陰で自由にやらせてもらい、それまでの段取りに従って芝居をすればいいやという考えから、もっと自分自身がやらなくちゃいけないこと、もっと自分にやれることがあることが分かった気がするんです。今回のエロバリに参加させていただいたことで、視野が広がった、世界が広くなったなぁと思いますね。
──なるほど、観客だけでなく、女優の心の中もバリアフリーになったと?
愛奏 そうですね、ハイ(笑)。うまくまとめていただき、ありがとうございます。これからは演技はこういうものだという先入観に捕らわれずに、もっともっと自由にやっていきたいですね!
明るい笑顔とマシュマロのような豊乳は薫桜子時代のまま、さらにしっとりとした大人の女性としての演技力も身につけつつある愛奏ちゃんなのだ。『ナース夏子の熱い夏』『私の調教日記』は好評で、早くも11月下旬には同じく東監督が手掛けたエロバリ第2弾が公開予定、さらにエロバリ第3弾は今やサブカル新世代の旗手となった『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』の松江哲明監督の起用が決定している。エロくてバリバリすごい、”エロバリ”は今後も要注目ですぞ!
(取材・文=長野辰次/写真=池田恭一)
● 愛奏(あい・かなで)
1982年11月生まれ。薫桜子として2002年にAVデビュー。明るいファニーフェイスとバスト101cm(Iカップ)の豊乳で人気者に。ピンク映画では吉行由実監督作品の常連となり、第20回ピンク大賞女優賞を受賞している。一時期、ピンク映画を離れていたが、ラサール石井が命名した”愛奏”として再びセクシーな肢体を『ナース夏子の熱い夏』で披露している。
● エロバリとは?
エロティック・バリアフリー・ムービーの略称。ベルリン映画祭銀熊賞を受賞した東陽一監督の『絵の中の僕の村』(96)などの良質の作品で知られる映画製作・配給会社「シグロ」とセクシー系エンターテイメント作品で定評のある「レジェンド・ピクチャーズ」、早くから劇場のバリアフリー化を進めてきた「ポレポレ東中野」が協力し、一般の人と障害のある人が一緒にエロティック映画を楽しめる環境づくりに取り組んだ。シグロの山上徹二郎プロデューサーは「新しい試みとして始めたばかり。副音声に関してはどの程度まで解説するのかで賛否が分かれると思いますが、音声ラインが増えたことで新しい映画の表現方法の可能性が生まれたと考えています。パソコンと同じように、今後は映画のバリアフリー化は必ずスタンダードになります。一過性のブームで終わるものでなく、長く広く観てもらえる作品をこれからも作っていきたいですね」と語っている。
『ナース夏子の熱い夏』
監督/東ヨーイチ 出演/愛奏、里見瑤子、川瀬陽太、岡部尚、加島潤、竹田朋華、梨木ナオミ バリアフリー副音声/速水今日子 配給/シグロ
『私の調教日記』
監督/東ヨーイチ 出演/亜紗美、速水今日子、佐藤幹雄、諏訪太郎、澤村清隆、奥村望、奈良坂篤 バリアフリー副音声/愛奏 配給/シグロ
両作品ともポレポレ東中野にて9月17日(金)までモーニングショー上映中
http://cine.co.jp/erobari/
DVDは10月8日発売! 劇場に行けない人は是非!!