東京大学卒業の学歴としてのステイタスは言うまでもない。まさにエリートの代名詞と呼ぶことに、異論はないだろう。
だが、すべての東大卒業者がエリートやエグゼクティブ、あるいはエスタブリッシュメントの道を進むわけではない。有名企業や大学から遠ざかる者もいれば、故・田山幸憲氏のようにあえてパチプロの道を進む人もいる。要は、人さまざまということである。
しかし、東大OBのなかには、そのブランドイメージをいつまでも引きずり、人の道を踏み外してしまうケースもある。
昭和41(1966)年1月26日、福岡家庭裁判所の構内で、男が離婚した妻とその姉の2人を登山ナイフで刺し殺すという事件が起きた。その男S(53)は現役の高校教師だったが、東大文学部卒のエリートだった。
ところがこのS、自分の「地方の高校教師」という身分に、ひどくコンプレックスを抱いていた。大学の同期は、大学教授や大手有名企業の管理職、あるいは大手出版社の要職といった、社会的ステイタスの高い地位にある。もちろん、高校教師も立派な仕事だが、Sの自尊心を満足させるには程遠かった。そのため、Sは同僚や周囲に、ことさら「自分は東大卒」を吹聴する有様だったという。
だが、さらに異常だったのは、Sの妻に対する態度である。
何とか自尊心を満足させたいSは、最も身近な者である妻に対して、何かと優位に立とうとした。それが、最初の妻には自らの頭脳の優秀さであった。とにかく、ヒマさえあれば本を読んでいる。最初は「勉強熱心な人」と思っていたが、やがて長男が生まれても、まったく無視して本ばかり読んでいる。そんなSに最初の妻は呆れ、子どもを連れて離婚してしまう。
それ以後、Sは何度も結婚と離婚を繰り返すようになる。そして、その性格も次第に異常になっていった。妻に対して、過度に暴力的になっていくのである。何か不機嫌なことがあると、関係のない妻をいきなり殴りつける。そうした容赦ない暴力に、耐えられずに奥さんは離婚する。すると、また新しい女性と結婚して、同じように、いやさらに激しい暴力を振るった。
たとえば、布団をかぶせ袋叩きにしたり、トイレに閉じ込めて外からドアを釘付けにしてそのまま出勤したりしてしまうこともあったという。ひどい例だと、頭から熱湯を浴びせたり、真冬に庭の立ち木に縛り付けたまま、殴った上に放置したケースもあったという。まるで軍隊内部のリンチである。
さらにSの異常さは性生活関係でも現われ、妻たちとのセックスについて詳細に記録するメモをいくつも書き残している。そして、暴力を振るってぐったりした妻に、無理やりセックスを強いることもしばしばだったらしい。
そして、事件を起こすまでに、5人の女性と結婚と離婚を繰り返した。なぜこんな暴力男に嫁が来るのかというと、結婚相談所を利用したからであった。「東大卒、高校教師、月収7万3,000円」と掲げれば、婚期を逃した女性が次々とやってきた。当時は大卒初任給が2万円程度という時代に、7万3,000円の月給も魅力だった。
しかし、Sにとって妻は、東大卒の自分を引き立たせ、同時にストレスのはけ口としての存在でしかなかった。なかにはSの暴力に結婚後わずか4日で家を飛び出した女性もいた。
そして、4番目の妻だった女性から、Sは慰謝料を請求される。カネに困っていたわけではないSだが、元妻から調停を申し立てられたことがひどく屈辱だったらしい。家裁に現われたSは、その場で元妻と付き添いの姉を持参した登山ナイフで刺し殺したのである。
まさか現代の東大卒業生には、こんなひどいケースはないとは思うが、実は東大生の性犯罪は皆無ではない。それはもまた別の機会にご紹介しよう。
(文=橋本玉泉)
現役合格らしいですね、彼女