自宅の屋根裏部屋で海外の風邪薬を原料に覚せい剤を密造したとして、相模原市のイラン人2人が逮捕された。自宅から押収した密造マニュアルに沿って科学捜査研究所が製造実験を行ったところ、風邪薬から高純度の覚せい剤が製造できることが確認された。
本当にそんなことが可能なのかと疑いたくなるが、これは紛れもない事実であり、米国などでは同様の密造事件が多発している。
逮捕されたイラン人たちが風邪薬から抽出したとされるのは「塩酸プソイドエフェドリン」。交感神経を刺激する作用があり、主に鼻炎薬などに含まれているが、これは覚せい剤の原料「エフェドリン」の一種だ。今回の事件では、エフェドリンの含有量が多い海外製の鼻炎薬が使われたようだが、国内で製造されている鼻炎薬にも同じ成分が含まれており、国内調達品だけを使った密造も可能だ。
エフェドリンは鼻炎薬だけでなく、米国で大人気となり日本でも個人輸入が流行したダイエット薬「エフェドラ」(現在は販売禁止)などにも含まれていた。さらに、エフェドリンを主成分とする植物・マオウが多量に含まれた漢方薬「葛根湯」から、覚せい剤や覚せい剤モドキを作るという遠回りな密造法もある。
詳しい製造方法を記すことはできないが、鼻炎薬などから覚せい剤を製造することは、ある程度の化学知識と簡単な道具があれば難しいことではない。事実、今回の事件より前にも、山形市に住むとび職の男が化学雑誌を参考に市販の風邪薬から覚せい剤を密造したとして、2003年に逮捕されている。大変な手間はかかるものの、ネットや雑誌などから情報を得れば、素人でも高純度の覚せい剤を作れてしまうのが現実なのだ。
覚せい剤の原料を含んだ薬が市販されていることが問題だという声も一部にあるが、当然ながら、こういった薬で風邪や気管支系の病気などを和らげている人たちがおり、規制するわけにもいかないのが現状である。
ここで一つの疑問が浮かぶ。個人レベルで身近な薬から覚せい剤を密造できるのに、なぜ同様の事件があまりないのか。これは、日本が覚せい剤輸入大国であるという事実が関係している。わざわざ手間隙をかけて密造しなくとも、高純度の覚せい剤を手軽な値段で入手することができるからだ。
一時期、北京五輪や上海万博の影響で取締りが厳しくなった中国や、日本に入港する貨物船の監視が厳しくなった北朝鮮からの密輸量が減少した影響で、覚せい剤の国内末端価格が上昇したが、現在は価格上昇前よりも安価に流通している。密売組織が入手ルートを切り替え、新たにカナダ、ロシア、メキシコなどから大量に入ってきたためだ。
それでも密造する者がいるのは、個人レベルの密造なら発覚しにくいということに加え、価格上昇時に混ぜ物の多い粗悪品が出回ったことが大きい。高純度の覚せい剤を確実に入手して密売するためには、自分たちで作った密造品が何よりも信頼できるというわけだ。
過去に覚せい剤を個人で密造したことがあるという人物に話を聞いた。
「街に出回っている覚せい剤は、家に持ち帰ってみるまで純度が分からない。とんでもないクズネタを掴まされることが何度もあった。炊き直し(不純物を取り除いて純度を高める作業)すればいいんだけど、技術が要るし面倒。それだったら自分で作った方が早いかなと思ったのと興味本位もあって、鼻炎薬で密造をやり始めた。薬局で買っても怪しまれる原料じゃないし、ハマってた時は結構な量を作ったよ。売りはしなかったけど、恋人と一緒に使ったら街で買った物より良かった。手間が掛かり過ぎるから結局は面倒でヤメたけどね」
素人でも覚せい剤が密造できることは、残念ながら事実であるが、もちろん重大な犯罪である。それだけでなく、米国の密造現場では製造過程での爆発事故や火災が相次いでおり、自分の命が危険に晒される上に他人にも迷惑を掛けることになる。事故が起きなかったとしても、調子に乗って密造品を他人に売ったりすれば、それを本職にしている怖いお兄さんたちの逆鱗に触れて恐ろしい目に遭うこともあるだろう。使用者の精神や肉体に深刻なダメージを与えるのはもちろんのこと、それ以外の面でも覚せい剤は関った者を不幸にする。くれぐれも変な気は起こさぬよう。
(文=ローリングクレイドル/Yellow Tear Drops)
理論武装用?