わずか数時間のうちに8人の女性を手にかけ、その残忍ゆえに凶悪殺人鬼として歴史に名を残しているのが、リチャード・フランクリン・スペック（1966年、犯行当時24歳）である。
シカゴの港で作業員として働いていたスペックだったが、ケンカや素行の悪さなどで仕事をクビになる。かねてから粗暴で、薬物や酒におぼれていたスペックは強盗を思いつき、泥酔したまま7月14日の夜遅く、看護師宿舎に忍び込み、ドアをノックした。
ドアを開けたのは、フィリピン人看護師のコラソン・アムラオさんだった。するとスペックはナイフとピストルを彼女に突きつけ、「おとなしくしろ、カネが欲しいんだ」と脅した。驚く彼女に、スペックは穏やかに言ったという。
「カネさえもらえば、ケガをさせたりはしない」
そうして室内に入ると、後ろでドアを閉めた。そして、2階に上がると、それぞれの部屋にいた看護師たちを同様に脅し、ひとつの部屋に押し込んだ。この時、看護師の数は6名。20歳から24歳までの、若い女性ばかりだ。
スペックは彼女たちを全員うつ伏せにすると、シーツを引き裂いて手足を縛り、口に猿ぐつわをはめた。そしてスペックが要求すると、彼女たちは現金のある場所を教えた。集めたカネはわずかだったというが、それでもスペックはそれほど不満ではなかったという。
やがて、外出から3人の看護師が帰宅し、同じようにスペックに脅され、縛られ、部屋に閉じ込められた。
全員から現金を奪っても、スペックはなかなか立ち去ろうとしなかった。そして、一人の看護師を無理やり部屋の外へと連れ出した。
「レイプされる！」
看護師たちは誰もがそう思った。そして、下手に騒いだり抵抗したりしてスペックを刺激するよりも、「やりたいこと」をやらせれば満足して帰るだろうと考えた。だから、アムラオさんが「手足を解いて、助けに行こう」と提案したが、それに同意したのは1人だけだった。
やがて、連れ去られた看護師のものらしき悲鳴が、ドアの向こうから聞こえてきた。時おり、バスルームから水音がした。シャワーを浴びて帰ろうとしているのかと思われた。
ところが、その後でスペックは戻ってきた。そして、また別の看護師を連れて行った。そして、また悲鳴。さらに、再び戻ってきて1人連れ出す。その繰り返しだった。
アムラオさんは最後に残された。「全員をレイプする気だ」と思った彼女は、縛られたまま転がって、ベッドの下に隠れた。そして、じっと息を殺した。
そしてスペックが戻ってきた。そこに、もう一人いるはずの看護師の姿がなかった。だが、スペックは室内を探し回ることも無く、明かりを消して立ち去った。
アムラオさんは、恐怖で体を動かすことができなかった。日が昇り、外がすっかり明るくなった朝の6時頃になって、ようやくベッドの下から這い出し、別の部屋を覗いた。他の看護師たちが、暴力的にレイプされて動けなくなっていると思ったからだ。
ところが、その部屋で彼女が見たものは、血の海になった床に転がっている、8人の遺体であった。彼女たちは、首を絞められ、あるいはナイフで何度も突き刺されて死んでいた。そのうち、グロリア・デイビーさんは、何度もレイプされた上で惨殺されていた。
アムラオさんの通報で事件が発覚。全米に衝撃を与えた。警察は現場に残されていた指紋やアムラオさんの証言などから、スペックの犯行と断定。捜査網を敷き指名手配した。
逃亡中のスペックは、ラジオ報道で捜査の手が及んでいることを知り、自殺を図る。しかし、救急車で運ばれた病院で、事件を知った医師によって通報され、逮捕される。
翌年、裁判所でスペックの死刑が言い渡された。ところが、執行を待つ間、連邦最高裁で死刑廃止の決定が下される。これによってスペックの量刑が変更されたが、それは懲役（一説には禁固）400年という、アメリカ犯罪史上最長のものであった。
また、一説には「殺害した女性1名につき、50年から150年」であり、400年とは最低の数字と説明している資料もある。
収監された後、スペックは91年12月5日、心臓発作により死亡。48歳だった。
ちなみに、この事件はマイケル・フェイファー監督によって『ザ・ナースキラー』として映画化されている。
（文＝橋本玉泉）
殺人鬼18人の肖像