【アイドル音楽評~私を生まれ変わらせてくれるアイドルを求めて~ 第3回】

タイ×ニッポン 文化衝突的逆輸入アイドル・Neko Jump

「Poo/Chuai Mad Noi」キングレコード
左がヌーイ、右がジャム

 前回、身近なところで「第2回にして最終回っぽい」との評をいただいたこの連載、前回のせつなさを乗り越え、無事に第3回をお届けしよう。

 毎年5月になると、代々木公園で「タイフェスティバル」が開催される。タイの食べ物や工芸品などが販売され、大混雑するこのイベントで、私が毎年楽しみにしているのは、タイとその周辺国のCDを買うことだ。

 もちろんタイの文字など読めないのだが、2007年の「タイフェスティバル」で目を引くCDを手にとってレジへ運んだ。「Neko Jump」と書いてあり、タイの歌手なのにアーティスト名に「猫」という日本語が入っている。しかもジャケットの写真も日本のアイドルみたいだ。

 そのCDは、タイでは06年に発売されたデビュー・ミニ・アルバム『Neko Jump』。歌にはときどき日本語が登場し、4曲目では「おはようございます」と繰り返されるのだ。エンハンスドCD仕様で、ビデオ・クリップも収録されているのだが、日本のアイドル文化をタイに輸出したかのようなアイドル路線だった。タイではこういうアイドルのニーズはどれほどあるのだろうと考えたものだ。

 調べてみると、彼女たちは89年生まれの双子のジャムとヌーイの姉妹。私は08年の「タイフェスティバル」でも、タイでは前年に発売されたNeko Jumpの『Joob Joob』を購入している。

 そんなNeko Jumpはちょこちょこ来日もしていたのだが、タイでのデビューから3年以上を経た09年12月23日、遂に日本でもデビューを果たした。感覚的には逆輸入である。セーラー服風の衣裳もデビュー時のイメージのままだ。「バンコク発アキバ行き!」というキャッチコピーも、海外のオタク文化を逆輸入しているというニュアンスなのだろう。

 しかも驚いたことに、日本デビューの楽曲は、06年の『Neko Jump』に収録されていた2曲で、それがそのままテレビ東京系アニメ『あにゃまる探偵キルミンずぅ』のオープニングとエンディングで流れるというのだ。アニメ番組でタイ語の楽曲をそのまま流すとは、キングレコードでアニソンを手掛けるスターチャイルドもずいぶんと大胆な勝負に出たものだ。

 その日本デビュー盤『Poo / Chuai mad noi』の歌詞カードを取り出してみると、「萌えろ!」と言わんばかりに写真が盛りだくさんのうえ、『ケロロ軍曹』で知られる吉崎観音によるイラストなど、力の入った仕上がり。吉崎観音のイラストについては「萌え文化発祥の国ならではのおもてなし」と解説されている。

 「Poo」はレゲエに乗せて、わりとねっとりとした歌唱を聴かせる楽曲。「Chuai mad noi」は例の「おはようございます」を繰り返す楽曲で、ヒップホップを意識したサウンド・プロダクションでラップも挿入されているが、全体的にタイ歌謡のルクトゥーン風味がかすかに漂っている。どちらも「萌え」からイメージされるような媚びた感覚は薄くてタイポップスそのものなのだが、言い換えてみればエキゾティックということになるだろう。

 さてこの2曲は、模型文化ライターのあさのまさひこが作詞した日本語ヴァージョンも収録されている。こちらになるといきなり可愛らしい歌い方になっていて、日本デビューにあたっての方針が実によく分かる。しかも、「Poo」の日本語ヴァージョンは「プー ~カニさんの悪夢~」と題されて「やめてエッチ!」という歌詞も出てくる。とにかくタイポップスに「萌え」をブチ込むというパワフルさがクラクラさせてくれるのだ。この文化の衝突ぶりは面白い。

 ところが。Neko Jumpのタイの公式ファンサイトを見てみると、何かがおかしい。とっくにアイドル路線は脱していて、ずいぶんと大人っぽいのだ。しかも、最近の「Don’t Sleep Alone」という楽曲のビデオ・クリップを見てみると、すでにNeko Jumpは日本海を渡り、K-POP、つまり韓国ポップスのような雰囲気になっているのだ。

 最近、かつてはPerfumeのダンス・カヴァー(いわゆるフリコピ)をYouTubeにアップロードしていた海外の女の子たちの多くが、K-POPを踊るようになった。アジアにおけるアイドル文化のひとつの潮流は、すでに日本から韓国に軸を移しているのではないか? そんなことを考えつつも、それはそれ。Neko Jumpの「Poo / Chuai mad noi」は、オリコンのデイリーランキングでなんと9位に初登場してしまった。いくら不況にジャニーズとアニソンと演歌が強いとはいえ、タイ語の楽曲のベスト10入りの事例を私は他に知らない。

 「アイドル」というの概念の強引なほどの文化的越境がひとつのヒットを記録した、という点でNeko Jumpは画期的だ。付け加えるならば、特に目新しくない「萌え」というコンセプトをとにかく貫いた末の成功とも言えるだろう。まさに萌えの上にも3年……。

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