「不倫が損害賠償の対象となる」というのは、すでに日本の法的手続きにおいて常識となっている。すなわち、配偶者が不倫していた場合、その相手に対して損害賠償請求の訴訟を起こすことができるというわけである。正規の婚姻生活を侵害された場合には、相応の賠償が発生するという考え方であろう。夫の不倫については1962年に、妻の不倫では1968年に、それぞれ裁判例がある。
ところが、1970年に山形地裁で下された判決は、この原則にある一定の条件を加えるものとなった。その裁判は、ある女性が、45歳になる自分の夫と不倫していたとして、40歳の未亡人に対して損害賠償を求めた裁判である。
男と未亡人は不倫関係を続ける際、注意深く避妊をしていたが、いつしか男がスキンを使わなくなってしまい、それが元で未亡人は妊娠してしまう。未亡人はその後中絶したが、つわりの様子を近所の住民などに目撃されたことから、不倫の噂が流れるようになる。さらに、男が未亡人とテレフォン・セックスに興じている様子を妻の実兄に聞かれたことをきっかけに、男の不倫が明らかとなる。
そこで男の妻は、不倫相手である未亡人を相手に訴えを起こした。しかし、山形地裁が下した判決は「原告の請求を棄却する」というものであった。つまり、「妻による不倫相手に対する請求はできない」と判断された。
その理由として、裁判所は次のように理由を述べた。
「原告は被告との関係を認識したが、二人の夫婦関係を破壊するに至る背信的不倫行為であるという意志を抱かず、喧嘩、口論等も無く、その子どもも原告とともに不貞は一過性のものと評価」したため、「原告に損害賠償権を認めるのは当を得ない」。
つまり、妻(原告)は自分の夫と未亡人(被告)との不倫関係を知ったものの、「どうせ浮気だから一時のこと」と考えて、夫を責めたり激しく喧嘩したりするようなこともなく、子どもたちとともに「仕方ないなあ」と呆れつつも放置していたという点を裁判官は指摘したのである。
すなわち、いかに不倫関係が存在していたとしても、その配偶者や家族が「夫婦の関係が壊された」「家庭をメチャクチャにされた」といった、事実や当事者の意識がなければ損害賠償を求めるのは難しいというわけである。
「不倫」という行為について、法的にどう扱われるのかを示したひとつの例と言えよう。
(文=橋本玉泉)