『ズーム・イン 暴行団地』
(製作:日活/監督:黒沢直輔/公開:1980年)
レビュー用の資料などでAVを視聴していると、どうも見方が客観的になってしまう。とくにストーリー仕立ての作品では、AV女優の棒読み台詞が非常に気になり、肝心の絡みシーンに至る前に気持ちが萎えることが少なくない。
野を走れ』(製作:日活/監督:
澤田幸弘/公開:1973年)。
社会派のテーマを扱うこともあった
まぁ、重要なのは演技ではなく”艶技”であることは理解しているが、それでも、もっとこう……ねぇ? そんなことを考えていたとき、ふと「にっかつロマンポルノ」を思い出した。そう言えば、にっかつロマンポルノは成人映画として「エロ」を前面に押し出しながらも、ストーリーや役者の演技力も充分に見応えがあった。
いまや当然のようにAVが存在し、ネットでも簡単にエロ動画を観ることができる。しかし、こんな現代だからこそ、昭和後期の貴重な「性の娯楽」として多くの男性を虜にした、にっかつロマンポルノの古き良き世界観を振り返ってみたい。
ロマンポルノを代表する「団地妻」シリーズ
遡ること38年前の1971年、にっかつロマンポルノは誕生した。
当時、日活は経営危機に瀕していた。そこで、観客数の増員を狙って目を付けたのがポルノ映画だった。というのも、ポルノ映画は同社の一般映画に比べて製作費が安く、また収録期間も短かったからだ。以後、にっかつロマンポルノはAVが台頭する88年まで公開を続け、17年間に渡ってポルノ映画の代名詞的存在となった。
『色情旅行香港慕情』(製作:日活
/監督:小沼勝/公開:1973年)は
ロマンポルノ初の海外ロケ作品だった
記念すべき第1作目は、71年11月20日から公開された『団地妻 昼下りの情事』と『色暦大奥秘話』の2本立て。とくに『団地妻 昼下りの情事』は、すでにポルノスターとして活躍していた白川和子を主演に招いたことで大きな注目を集めた。同作は、性生活に満たされない団地妻がコールガールへと墜ちていく様子を生々しく描いたもので、見る者すべてに強烈な印象を与えた。
人間社会の縮図とも言える団地生活において、団地妻を作品化したロマンポルノの影響は大きい。身近な対象を官能的な世界観に落とし込んだことが世の男性の興奮を掻き立て、「団地妻」はロマンポルノを代表する人気シリーズとなったのだ。
第1作目となった『団地妻 昼下り
の情事』(製作:日活/監督:西村
昭五郎/公開:1971年)
さて、”初代団地妻”と呼ばれた白川和子に続き、2代目を襲名したのは宮下順子だった。宮下は『団地妻 忘れ得ぬ夜』(72年)でポルノデビューを果たしたのち、熟れた演技を武器に不倫や人妻作品に起用され、実に9作もの団地妻シリーズに出演している。なお、宮下は憂いを帯びた人妻をシリアスに演じるだけでなく、コミカルな役柄にも定評があり、78年にはコメディ映画『ダイナマイトどんどん』(東映)でブルーリボン賞の助演女優賞に輝いている。
このほか『団地妻(秘)出張売春』でデビューした元ミスインターナショナル東京代表の宮井えりな、そして『新・団地妻 売春グループ13号館』などに出演した珠瑠美 ら、団地妻シリーズから多くのポルノスターが生まれていった。
現在、AVや官能小説でも団地妻は定番のジャンルとなっている。だが、そもそも”有閑マダム”と同義だった団地妻に淫靡なイメージを加えたのは、にっかつロマンポルノの団地妻シリーズだったのだ。
これを観ずにAVは語れない!