美咲かんなが何の変哲もない日常を綴る連載エッセイ:ふしだらな気持ち
パン屋で見つけた忘れ物
ある日、私はとある駅近くのパン屋にいた。
最近新しくできた店や人気コーヒーチェーンが軒を連ねるこの商店街は比較的混雑しており、午後3時という半端な時間にも関わらず、どこも数組程度の行列ができている。密集、密接…密閉こそされていないが、人との距離は近い。
昨年から集客に苦戦している様々な飲食店のスタッフたちが、ここぞとばかりに呼び込みをしている。良く言えば活気が戻っているという表現が当てはまるだろうか。
人混みはあまり得意ではないが、たまに他人の気配が恋しくなる。
自宅には落ち着く家族がいて、落ち着く環境があるが、それは創作活動において「死」を意味していると思う。
自宅の方が自分のペースで仕事がしやすいとか、集中できるという人もいるだろう。
しかし、私の場合は仕事を自宅に持ち込むのが苦手で、オンオフを分けないとどうも創作意欲が湧かず、上手くいかないという変な癖がある。神経質というかなんというか、とにかく気分が乗らないのだ。
ひとりになる時間をわざわざ作ろうとしなければ、我が家はいつでも家族と一緒だ。こう見えて実は寂しがり屋なので、この環境は有難いけれど、気楽さや自由はない。
と、色々言い訳がましく語ってみたが、要はやる気が出ないのだ。
春の陽気に誘われて散歩する気は起きても机に向かう気にはなれず…そんなわけでひとり静かに考えられる場所を探していた。
冒頭でも書いたように、緊急事態宣言が明けたこともあってか、どこに行っても人がいる。
自宅から一番近いコーヒーチェーンは混雑しすぎていて、テイクアウトも諦めるほどだ。とにかく人が多い。
どうしようかと歩いていると、何の変哲もないパン屋を見つけた。
テイクアウトの客は途切れないが、比較的手際が良いらしくもたつく様子もなく、回転は素晴らしい。
10席ほどあるイートインスペースにはたった1組だけ老夫婦がいたが、十分間隔も取れる上にしっかりパーテーションで仕切られているようだった。感染防止はもちろんだが、自分の世界に入るにはちょうどいい環境である。
今は特に長く居座る客も少ないのかもしれないが、私は元々ひとつの場所でダラダラ過ごすのが得意ではない。店の形態やそのときの状況にもよるが、1時間も過ごせば満足してしまう。
沢山頼む場合やコース料理は仕方ないが、そうではない場合は単価相応の滞在時間を心掛けている。
過ごす時間が短いからといって、調理や空間を楽しんでいないわけではない。むしろ出されるフードやドリンク、内装や客層もかなり気にして利用する店を選んでいる。
飲み食いを楽しむのが目的ならなるべくスペシャルなフードとドリンク、過ごしやすい空間があった方がいいけれど、なりふり構わず考え事をしたいときは、客もまばらで気を遣われないような場所がいい。
思いつくままに文字をスマホに打ち込んだり、ノートに書きなぐったりするのにあまり気取った店ではなんだか申し訳ない気がするからだ。
セルフで人気店のように混んでいなくて、味も別に悪くはない、そんな店は探せばあるのだ。
今回見つけたパン屋は見事なまでに条件をクリアしていたが、特に何もネタが思いつかなかったため、結局サンドイッチを頬張りながら最近見始めた韓国ドラマを楽しんでしまった。
つんけんしていた主人公とヒロインの間に次第に恋心が芽生え、恋だと気づくか気づかないかのところでパッとしなかったライバルが頭角を現してくるという、非常に物語の盛り上が…いや、これ以上語ると心の隙間を韓国ドラマのトキメキで埋めているのがバレバレだ。
久々のおひとりさま外食に浮かれてしまい出来高はゼロだったので帰宅してパソコンと睨めっこをしている。
しかし、何の変哲もないパン屋で感じた、得も言われぬ心地よさは、ちょっと癖になりそうだ。今度はちゃんとやる気も忘れずに持っていかなければ。
美咲かんな
【美咲かんな】
生年月日:1994年7月3日
スリーサイズ:T158・B85・W58・H88(cm)
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