私はかつて某大手AV制作会社に勤めていたことがある。およそ2年という短い期間だったが、多くの出会いに恵まれて、業界の酸いも甘いも吸わせてもらった。その会社は業界で1、2を争うリーディングカンパニーだったこともあり、業界全体の構造もかなり勉強できた。そこには、おそらく一般の方が抱いているAVというイメージとは、ほど遠いであろう現実がある。もし、アダルト業界に興味があるのなら、この短期集中コラムをご一読いただきたい。もちろん私の経験に基づく意見なので、これから述べることがすべてではない。しかし、少しでも現実を知りたいという方にとっては有益な情報もあると思う。
第一回は、まずアダルト業界のおおまかな仕組みと雰囲気について述べていきたい。
AV会社は2種類
アダルトビデオの会社には、大きく分けて2種類がある。ひとつは実際に撮影現場でカメラを回して女優のカラミを映像作品にする「制作会社」。もうひとつは、その映像作品を書店などに流通させる「流通会社」である。
AV会社といって読者の皆さんが真っ先に想像されるのは「ソフトオンデマンド」だろう。しかし、実は「ソフトオンデマンド」は、AVを制作してはいない。前述した「流通会社」であり、直営店の経営や小売店への営業が主な業務だ。現場でAVを制作しているのは「SODクリエイト」という子会社である。さらに、ソフトオンデマンドには、さまざまなメーカーが存在するが、それはすべて別名義の制作会社。あくまでソフトオンデマンドという企業に流通を委託しているだけであり、契約が折り合わなければ、ほかの流通会社に移籍することも可能だ。まあ、さまざまなしがらみでほとんど不可能ではあるが。
だから、いつでもAVが観れると思って、間違えて流通会社に入ると、実際には制作現場などに立ち会うこともほとんどなく、地味な営業活動ばかりになる。日ごろ会うのは女優ではなくオッサンなのだ。もし、AV現場を体験してみたいというのなら、求人情報の業務内容によく目を通しておいたほうがいい。実際に間違えて入社してきた人間をゴマンと知っている。そういうタイプは、たいてい半年ぐらいで辞めてしまうことになる。
また、AV制作会社だからといって常にエロい雰囲気だと思ったら大間違いだ。デスクに座って資料を整理したり、会議に出席したりと基本的な業務は普通の会社と変わらない。昼間からエロビデオが見られるわけでもない。意外とマジメに売れる企画についてマーケティングしたりもする。
では、制作会社の撮影現場はどうか。ADを募集している制作会社は無数にあるが、ずっと女優のカラミを観ていられるわけではない。バイブの電池をチェックしたり、次のカットの衣装を用意したり。しかも、AV監督はけっこう厳しい指示を出すから、少しでも準備が遅いと怒鳴られることもしばしば。逆に現場に行きたくないADも多いのが現実だ。
ちなみに、流通会社にも制作会社にも共通しているのは体育会系の縦割り社会という点。これはテレビや映画業界も同様だ。映像に関わる仕事で、試されるのは体力と根性である。とりあえず知性は二の次だ。
AV監督への道は厳しい
世間ではブラック企業を叩く風潮が強まっているが、駆け出しのADは、そんな悠長なことも言っていられない。撮影前の泊まり込みなどは当然で、ときには意味もなく怒られることだってある。理不尽な命令にも従順に応じる“マゾ気質”が必要なのだ。
このようにADから監督になるためには、かなりの下積みを強いられることになる。監督になってもプロデューサーに文句を言われたり、やりたい企画も営業からNGを出されたりと、意外に厳しい。
つまり流通会社に入ればエロとは無縁で、制作会社に入れば過酷な労働が待っている。ましてや企画を出したところで、突き返されるのが積の山だ。アダルト業界=底辺とナメてかかると、確実に痛い目にあう。
しかし、もし有名企業に勤めているのなら転職してもいいかもしれない。4000~5000億円規模の市場(国内ゲーム機市場とほぼ同じ規模)ともいわれ、世間的な認知度も高まったAV業界だが、いまだに残る差別や偏見と苦闘している一面もある。そのため、どうしても一般の有名企業からの転職組に対しては意外なほどの厚待遇を受けるケースも多い。一流企業からの人材確保は、すなわち企業のステータスアップにつながるからだ。
たとえば上場企業などで肩書きを持っている(実態は係長以下だったとしても)と、幹部クラスで迎えられたケースも実際に知っている。過去の実績などを詳しく調査することは困難であるから、楽に重役ポストにつけるのだ。逆に言うと、小さい会社でどれだけ実績を残した実力者も評価されることは少ない。つまり、無能ばかりが上に居座るケースも多々あるといえよう。世間的に認められてきたとはいえ、どうしてもエロというジレンマがつきまとう。こうした現象を、あえて“一流コンプレックス”と呼びたい。偏見や差別と闘いながらも、一方で一流企業にあやからなければいけない。そんな矛盾した意識が根底に流れている。それがAV関連会社の宿命なのかもしれないが。
さて、今回は規模の大きなAV会社について述べてきたが、次回は小規模の制作会社に触れていきたい。撮影現場の現実は悲喜こもごもで、客観的に見ていると、こんなに面白いドラマはない。ウラ話もふまえて、実態を検証していこうと思う。
<次回へつづく>
(文=中河原みゆき)