「いやもう、最近の若者はよくわかんないですよ…」
どこかの企業の係長あたりが漏らしそうな溜め息をつくのは、ラジオの放送作家を務めながら某お笑い学校の講師も担当しているK氏。40代半ばのK氏は、近頃の若者のお笑い芸人に対するモチベーションが理解できないと不満を漏らす。
「『絶対テレビに出て売れてやる』とか『有名になって金を稼いで女の子にモテたい』なんて理由ならわかるんですけどね…。どうも最近のお笑い芸人を志望する若者の動機は違うようなんです。青春の思い出作りなのか、それとも単純に『芸人やってます!』って言いたいだけなのか。特に男は、目的があいまいな気がしますね」
K氏が講師をしている某芸人養成所には、毎年百名ほどの若者が入学している。1年間のカリキュラムを経て、事務所に所属できるのは、多くても数組。そのほかの若者は、その後普通に就職するか、大学生活に戻るという。中には芸人を諦めきれず、違う養成所に通い始めたり、フリーで芸人活動を続ける者もいるというが、ほとんどは元の生活に戻るというのが現状のようだ。
「昔は親の反対を押し切ってとか、親に黙って芸人を目指す若者が多かったと思いますが、今では、養成所の入学式には親御さん連れで来る人もいますからね。時代が変わったといえばそれだけですが、芸人という仕事が、きちんと職業として認められたということなのかもしれませんね。ただ、そうした認識の変化が、養成所に入ればそのまま芸人になれるという誤解を生んでいますよね。親御さんの中には、卒業後には、まるで就職でもするかのように勝手にテレビ番組のレギュラーになれると思っている人もいるようですから。そんなことは絶対にありませんけどね(笑)」
時に、テレビでは売れていない若手芸人などを特集することがあるが、いくら売れていないとはいえ、彼らは養成所を卒業した後、事務所に所属できた芸人である。毎年入学する若者の中から選ばれたエリートでもあるわけだ。
「養成所に入ってくるような若者の中にも誤解している人間は多いんですよ。どうしてそんな簡単に考えているのか不思議なんですけどね。そんな考えだからか、養成所内での恋愛というのもびっくりするくらい多いようで、お笑いを勉強しに来てるのか、ナンパしに来てるのかわからないほどですよ。特にライブの準備などで忙しくなると男女関係はもつれるようで、そうしたことを理由に学校にこなくなる生徒もいるくらいですからね」
特に最近では女性で芸人を目指す者も多く、中にはモデルのような美人までいるらしい。
「以前モデルとして活動していて、将来はバラエティで活躍したいからという理由で養成所に入ってくるような人もいますからね。これまで女芸人といえば、デブでブスでというのが定番でしたが、ずいぶん世の中も変わったと思いますよ。ただ、そういった生徒というのはやっぱり面白くも何ともないですよ。自分の殻を破れませんからね。自分の殻をいかにキレイにするかだけですよ」
今の芸人を目指す若者の気持ちや態度が理解できないというK氏。それでも彼が芸人養成所の講師を続けるのには理由があるという。
「やっぱり誰が売れるかなんて誰にもわからないんですよね。コイツらぜんぜんダメだなって思うようなコンビでもライブではけっこうウケたりしますから。昔ぼくが教えたことのあるヤツが、卒業後にほかの事務所の養成所に行って芸人としてデビューして、準一発屋のようにちょっとだけブレイクしたことがあるんですよ。当時は喋ることもままならないようなヤツだったんですけどね(笑)。そんなことがあるから講師という仕事は面白いですよ」
いくら講師といえども、誰が売れるのかわからないというのがお笑い芸人。養成所に入学する若者たちが“勘違い”をして夢を見るのも、そうした未知数の可能性があるからだろう。そして、その“勘違い”ができるというのもまた若者の特権である。大いに勘違いをして、未来のスターを目指してもらいたい。
(文=峯尾/http://mineoneo.exblog.jp/)
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