幾多の反対を押し切って可決された青少年健全育成条例改正案。「18歳未満でも購入可能な漫画やアニメに対して、過度な性的描写を禁止する」というまっとうな理由を盾に、さまざまな表現を規制しかねない内容だった。
この条例では、たとえどんなストーリーの漫画であろうとも「刑罰法規に触れる性行為」を禁止している。純愛であろうと登場人物が18歳未満に見えてしまえばNG。18歳未満に見えてしまえば、同性愛を扱った内容はNG。規制する側が「社会規範に反する内容」を「不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現」していると判断すれば近親相姦や強姦、不倫などあらゆるテーマが漫画という媒体で扱えなくなってしまう。おまけに規制対象から実写を除外しているとあって、アニメ・漫画業界の反対は凄まじい。
主要な漫画雑誌を発行する出版社による業界団体「コミック10社会」は、来年の3月下旬に開催予定の「東京国際アニメフェア2011」への出展を中止している。同会を構成する出版社は角川書店、講談社、集英社、小学館などいずれも最大手。石原都知事はこの事態に対して「来年吠え面をかいて(東京国際アニメフェアに参加して)来るよ。ずっと来なくてもいいよ」とコメントしているが、今年の東京国際アニメフェアでは3日間で13万人の来場者を集めており、その経済効果は東京都としても決して無視できないレベルだ。
元来、敵を作りやすい過激な発言で知られていた石原都知事だが、今回はアニメ・漫画業界ばかりでなく、現実の同性愛者にまで問題を飛び火させている。改正案の成立を求めるPTA団体から要望書を受け取った際に「テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやります」と発言し、同性愛者団体の抗議を受けた。その後、この発言について質問した記者に対し「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう」とひと言。青少年の健全な育成が目的だというのであれば、差別的な発言をしないほうがよっぽど健全だと思うのだが……。
今回の問題では、都知事をはじめ東京都側の「いいかげんさ」が浮き彫りになった。猪瀬直樹東京都副知事は手塚治虫の名作『火の鳥』が近親相姦を含む内容であるため、自主規制の対象になるのかというツイッター上での質問に対して「自分が作品をうまく書けないことを、条例のせいにしてはいけない。そんなものがあってもなくても傑作ができれば条例なんてすっ飛んでしまう。」と返答。さらに「出版社は傑作なら喜んで原稿を受け取る。条例なんて、そのつぎの話。まずは傑作を書いてから心配すればよい。傑作であれば、条例なんてないも同然」と続けて、条例の正当性を自ら揺るがしている。そもそも、都がいくらでも恣意的に解釈ができるという点が反対側の論拠なのだが……。
なお、秋葉原の某書店では、今月20日発売になった近親相姦を扱う成年向け漫画に「傑作だから大丈夫」というPOPを付けて販売。猪瀬副知事も「傑作ならしょうがない」と納得するのだろうか(そもそも規制の対象外だが)。
また、東京都議の三原まさつぐ氏は、規制を反対する陳情者をホームページ上でばらしてしまい、物議を醸している。「竹下登元首相の孫と称される女性の方」から意見された際に、「おじいちゃん(竹下元首相)に、過激な漫画をみせたらなんと言うだろうね。おじいちゃんに怒られないかどうか、自己判断して書いてよ」と返答したというのだ。故・竹下登元首相の孫といえば、タレントDAIGO氏の姉である漫画家、影木栄貴氏のことだ。三原氏のホームページには特定個人をさらし者にするような内容に対して、激しい批判の声が集まっている。
さて、こんなにもいいかげんな条例を支持するのは、一体どのような層なのであろうか。「18歳未満が性的なコミックに触れないようにする」という目的に賛同するキリスト教系の宗教団体もあるようで、今月18日、秋葉原で某宗教団体によるデモが行われた。このデモは条例改正に合わせる形で行われており、児童ポルノの規制や性的モラルの改善などを謳っている。また、国際アニメフェア2011へのボイコット問題について、ツイッターで「強硬姿勢に出た大手漫画出版社の慌てぶりは、自分たちが如何にこれまで『性的虐待の描写』で儲けさせてもらったかの裏返し。馬脚を現したのう」と発言した女性ジャーナリストもいた。カナダでメディアリテラシーについて学び、メディアとジェンダーについて研究していたという渡辺真由子だ。その後も「『児童ポルノを見たからって、犯罪を起こさないから規制の必要なし』という反対派の意見は、全力で反論したい」「『都条例の推進者は漫画を見下している』との弁護士発言があったが、それこそ偏見」など、都の条例に賛成する発言を行っている。なるほど、カナダで学んだというのであれば、漫画やアニメに対する強硬な姿勢にも頷ける。カナダは世界でもトップクラスの、二次元規制国家だからだ。たとえば2009年10月には、双子の青年が日本のショタ系18禁イラストを所持していたとして有罪判決を受けている。
それから、都とカナダとの密接な繋がりも見逃せない。東京都は今年10月、東京の観光プロモーションのためにカナダでプロモーションを行っている。トロントとバンクーバーで、商談会やセミナーを開催しているのだ。また、現地の新聞や雑誌にPR広告を掲載しており、他国に対しては見せない力の入れよう。カナダからの観光客による経済効果があれば、東京国際アニメフェア2011の損失を十分補填できるという考えだろうか。それならば、都知事の見せた余裕にも納得がいく。また、猪瀬副知事は以前ツイッターで、水道水がそのまま飲める国は少ないとして、その中にカナダのバンクーバーを挙げていた。理想的な都市として、東京のバンクーバー化を目指していてもおかしくはない。このままでは東京都を中心に、日本がカナダ化してしまうかもしれない。
カナダで有罪判決を受けた青年達は、決して実在の人物を傷つけたわけではない。イラストの単純所持によって、彼らは性犯罪者の烙印を押されてしまったのだ。……もしかすると、カナダでは二次元のイラストに人権が認められているのであろうか。ということは、カナダに行けば二次元の嫁と結婚できるのか!? 今後規制が強まれば、日本でもエロ漫画の所持によって逮捕される時代がくるかも知れない。が、二次元と結婚できるのであれば悪いハナシではないのかも。
(文=花子・F・不明)
『マンガはなぜ規制されるのか – 「有害」をめぐる半世紀の攻防』
規制について考察すべき。